恋…前編…-4
「懐かしいなぁ」
という一巳に対し、亜希子は、
「なあに、若いのに」
「僕の父の祖父母は僕が子供の頃、食堂を営んでいたんで、ちょうどこんな趣だったんですよ。だから、こういう雰囲気が大好きなんです」
「そう。今、お店は?」
「無くなりました。祖父が亡くなったので。祖母も長男夫婦に引き取られて……店の場所は今、マンションです」
「………」
気まずい雰囲気が二人に流れた時、店の従業員が注文を取りにきた。
亜希子が注文する。
「カツ丼の普通盛りと大盛りを一つづつ」
「そんなに食べませんよ!」
慌てて訂正しようとする一巳を亜希子は制すると笑って、
「若いのにそれ位食べなくてどうするの」
と一喝する。
待ちの間、一巳はタバコを吸いながら亜希子に問いかける。
「急に決めたんですか?引越し」
「そうね、前々から考えてはいたんだけど、ちょうど良い物件が見つかって…即、契約したの!」
と嬉しそうに笑う。
「でも引越しの費用から借り賃まで結構掛ったでしょ?」
「まあ…ね。でも私、普段はあまり使わないから」
「それで新規一転のために色々なモノも捨てたんですか…」
「そうね……」
そう言った時の亜希子の目に寂しさがよぎったように一巳には見えた。
(お待ちどうさま)と言ってカツ丼が来た。フタを開けると、実に美味そうだ。一口食べる。肉の味は良い。タレは少し甘いようだが、美味しい。空腹のためか、一巳は大盛りをキレイに平らげた。
それを見た亜希子は苦笑しながら、
「(大盛りは)って言ったけど、ちょうど良かったようね」
「ハハ…美味しかったから入っちゃいましたね」
照れる一巳の仕草を見て、声を上げて笑う亜希子だった……
昼食の後、亜希子は買物を再開し、終わったのは午後3時頃だった。買ったモノを全てクルマに収めると、助手席に乗り込む一巳。亜希子は何だか言いにくそうに、
「藤野君。この荷物、私の部屋に運ぶの手伝ってくれる?」
と、懇願する目付きで一巳を見る。一巳はそれを見ながら、(女性ってのは中学生でも大人でも同じような仕草で言いにくい頼みをするなぁ)と思いながら、
「良いですよ」
と言った。クルマは彼女の新居に向けて走り出した……
亜希子のミニ・メイフィアは〇〇橋通りを上り、旧道へと入ってくる。道の遊歩道に植えてある街路樹が道を囲むように繁り、木漏れ日が道に差し込む。クルマはその道沿いのマンションの駐車場に入った。
クルマを降りた一巳は建物を見上げながら驚いていた。