恋…前編…-3
「ゴメン!待った?ちょっと道が混んでて…」
ストライプのシャツにスリットの入ったタイト・スカート。女性秘書といういでたちだ。制服よりも良く似合う。
一巳は腕時計を見ると、
「今が10時半ですよ。僕が早過ぎたんです。ところで、何処に行くんです?」
「んー。そうね、伊〇丹はどうかしら。あそこなら雑貨品も有るから」
「分かりました。僕はクルマの後ろをついて行きますから…」
「ダメよ、それは!となりに乗ってくれなきゃ。バイクは駐輪場において」
言われるままに一巳はバイクを会社の駐輪場に停めた。そして、助手席のドアを開けて中に乗り込んだ。
中は簡素な内装で女性らしい飾りモノも無く、ドリンク・ホルダーが有るくらいだ。彼女の香水のニオイが車内にこもっていたが不思議とイヤな感じはしなかった。
(じゃあ)と彼女は言うと、コラム・シフトをロウに入れてミニは走り出した……
「これなんかどう?」
亜希子は雑貨店でマガジン・ラックを物色していた。その前は花瓶やリトグラフ、食器や包丁など多岐に渡る。その荷物を一手に引き受けるのが一巳の役目だ。亜希子の(どう?)という声にひきつり笑いを浮かべる。
「…まだ、買うんですか……」
さすがに疲れてきた一巳は亜希子に尋ねる。が、彼女は全く意に介せずに、
「何言ってるの!今からが本番じゃない」
「あの〜、一旦、荷物をクルマに積みませんか?さすがにこれ以上は……」
亜希子は不満そうな顔を見せたが、(そう…じゃクルマに戻りましょう)と駐輪場に戻り荷物を後部座席に積んだ。
「はいコレ。一旦、休憩ね」
と缶コーヒーを一巳に手渡す。その時、一巳は彼女から受け取りながら手を見た。指輪が無かった。
タバコを吸いながら、缶コーヒーを飲むと、
「アッ!もう1時過ぎだったわ。お昼、何食べる?」
「もう、そんな時間……どうりで力が出ないと思った。何でも良いです」
「それじゃ……カツ丼は?近くに美味しいおうどん屋さんがあるけど」
「大好きです!」
(すぐソコよ)と言って5分ほど歩いた所に、紺地に白字で(うどん加野屋)と書かれたノレンが見える。
引き戸を開けて中に入ると、大きな土間に木製のテーブルが置かれた、昭和30年代を思わせる趣きだ。