Identity 『一日目』 PM4:12-1
……オル、トオル
「――透流!!!」
誠の声に透流は意識を取り戻した。
誠の顔が見えて、自分たちがどうなったのか、ふと疑問に思いながら起き上がろうとすると、頭の右側に鋭い痛みが走る。
右のこめかみに手をやると、指に赤いものがべとりとついてきた。
「気が付いたか……」
誠の言葉に、ハッと覚めたように透流は起き上がった。痛みはそれほど気にならなかった。
「俺たち、どうなったんだ!?」
透流の声に、何人かがこちらを向いた。
周りには二、三人しかいない。みんなどこかしら怪我をしていた。地面は土で、人の手が加えられた様子はなかった。周りは木に囲まれ、さっきまで降っていたはずの雨はいつの間にか止んでいた。空は相変わらずの曇天で、暗かった。
「透流……」
誠の口調はいつもでは考えられないほど暗く沈んだものだった。
“声”が頭の中に流れ込んでくる。耳を“塞ぐ”ことは忘れていた。
――俺たち……事故ったんだ
「……事故、ったのか?」
「……多分、っていうか、それ以外にねぇよ」
「バスは? どうなったんだ」
「……あっち」
誠が指さしたほうには、木があるだけだった。
――嫌だ
“声”は、悲痛そのものだった。誰の“声”かもわからなかった。
透流は何かに誘われるように、誠の指差すほうへ向かった。
……誰も、止めなかった。
少し歩いた。身体は思っていたほどひどい怪我はなかった。頭の怪我も出血の割には浅いようだった。
バスは……バスだった物は、今、目の前にあった。
酷い有様だった。
木の焦げる臭い、タイヤの焦げる臭い、血の臭いに……何か、何かが焦げる臭い……。
……バスの前半部は完全にひしゃげている。上を見上げると、かなり高いところにガードレールがあった。生存者がいること自体が奇跡なのかもしれない。木がわずかにクッションの役目を果たしたようで、透流など、助かった人間は皆バスの後部のほうに座っていたからのようだった。
――助けて……痛い、苦しい………
“声”がした。何人もの重なった、とてつもなく大きな“声”が。
(……まだ生きてる)
助けるべき、それはわかっていた。だが……動けない。
……怖い。とても、とても怖い。
眼の前にある圧倒的な死の恐怖は、たかが高校生には克服できるものではなかった。まして、さっきまでこのバスに乗っていたのだ。他愛のない会話をしながら。
“声”が、少しずつ消えていく。
死んでいっている。こうして見ている今も。ついさっきまで一緒の空間を過ごしていた人たちが。
それでも、動けなかった。ただ、離れることすらできなくて、ただ見ていることしかできなくて。手を出したら、余計に何か悪くなりそうで。でも何より、何より……!!
(気持ち悪い……)
もし、クラスメイトが焼き焦げた血まみれの身体で這い出して来たら?
四肢が千切れていたら。……腸が、飛び出しているかもしれない。
純粋に、そんなものは気持ち悪い。
……“声”が、完全に消えた。
――クラスメイトを見殺しにした、瞬間だった。
それと同時に、透流の胸に電流が走った。
いや、電流ではない。電流なんかよりもっと、純粋で、鮮烈で、鋭い感覚が。
これほど強烈に感じたことはなかったので、透流にはそれがなんだったのかはわからなかったけど。
それが“痛み”というものだと、教えてくれる人は、そこにいなかった。
もう、皆死んでいた。