エンゲイジ・リングを君に-1
放課後の裏庭、花の季節の終わった桜を背に、神田ゆきなは溜め息をついた。
「何て断ろ……」
右手に握られた封筒を見つめて呟く。
差出人の名前のない白い封筒。内容は今時びっくりするくらい古風なラブレターだった。
いったい誰からだろう?
「神田さんっ」
後ろから呼ばれて振り向くと、クラスメイトの伊藤千晴がこちらへ向かってきていた。
襟足を少し伸ばした黒髪に色白の肌。綺麗な顔立ちだが、不骨な黒ぶち眼鏡のせいであまりぱっとしない。
「手紙、読んでくれた?」
ゆきなのすぐ側まで来た千晴は、照れたように笑いながら言った。
「伊藤くん、だったんだ……」
「うん」
頷きながら、彼はまた笑う。
千晴はルックスはなかなかだが、性格はあまり華やかな方ではない。自分から話しかけるなんてことはほとんどなく、いつも受け身な少年だった。
ゆきなと千晴の出会いは、高校に入学したてのころだった。クラスの中でいつも一人でいる千晴に、ゆきなが話しかけたのがきっかけで、二人はよく話すようになったのだった。
しかし、お互いのお互いへの関係線は違っていた。
入学当時から想いを寄せていた千晴に対し、ゆきなにとって彼は友人に他ならない。
ゆきなは千晴を傷付けずにふる言葉を考えていた。
「来てくれたってことは、返事、期待していいのかな?」
「ご、ごめん……っ」
相変わらずはにかみ笑顔を浮かべる千晴に、ゆきなは思いきって切り出した。大袈裟なほどに深く頭を下げると、長い黒髪がフワリと揺れる。
「……そっか」
千晴の落胆の声。
顔を上げると、酷く沈み込んだ千晴の顔があった。
「ごめんね……」
気のきいた言葉を探しても見付からない。
中途半端な言葉は余計に彼を傷付けてしまいそうだった。
「ん、いいよ。いいんだけど、理由だけ聞いてもいいかな?」
「……」
痛々しい笑顔で言う千晴に、ゆきなは言葉を詰まらせた。大きな黒目がちの瞳が動揺に揺れる。
「ご、ごめん。ごめんなさい」
しばしの沈黙の後に出た言葉は、結局、単純な謝罪の言葉だった。