エンゲイジ・リングを君に-8
彼はテーブルに置かれたカップにたまに口をつけながら、窓の外をぼんやりと眺めている。こちらにはまだ気付いていない。
ゆきなは千晴から見えない位置に真之を引っ張っていき、詰め寄った。
「どういうこと?何で伊藤くんがいるのよ!?」
見上げる真之の表情は、笑顔。ニヤニヤと意地悪く笑いながら、ゆきなを見下ろす。
「告られたんだろ?」
「なっ!?」
何で知ってるのよ、と叫ぼうとして、彼女は口をつぐんだ。
叫べばバレる。
「知らなかったか?俺と伊藤、仲いいんだぜ」
知らない。知るわけない。嘘でしょう?
「あいつ、今日俺んとこに来て、お前にフラれたって言うんだよ」
「それが何?あんたには関係ないでしょ?」
ゆきなは声が震えそうになるのを必死で抑えた。何が起こっているのか分からないため、恐怖で押し潰されそうだった。
「協力、してやろうかと思って」
その言葉にゆきなの顔から血の気がひいた。
───協力?伊藤くんに?
それはつまり、『俺はお前なんかいらない』と言われるのと同じこと。
「ゆきな?」
カタカタと体が震えるのが分かる。
───婚約者じゃないあたしは、用なし?
「おい、ゆき……っ」
真之の声が遠くで聞こえる。
気付いたときには、ゆきなはファミレスを飛び出していた。
走って、走って走って。苦しさに止まって息を整えていると、涙が溢れてきた。
鞄の中で携帯のバイブがうるさくうなる。
取り出した携帯はディスプレイに『真之』と表示していた。
───出るもんか……。
しかし、携帯はしつこく着信を知らせる。
それでも、ゆきなは出ない。ディスプレイを、『真之』の文字を見つめて、ひたすらバイブが鳴りやむのを待った。
しばらくすると、バイブはやみ、留守電に切り替わる。切り替わった瞬間、電話は切れた。
真之はいつも、留守電は残さない。
それは、今日も、こんな時も同じ。
ゆきなは履歴から自宅を呼び出した。番号を確認して、通話ボタンを押す。
母親が迎えに来たのは、それから20分後だった。