エンゲイジ・リングを君に-6
二人の婚約が決まったのは、3年前。真之は教職についたばかりで、ゆきなはまだ中学3年生だった。
夏の暑い日、父親に「友達の家族と食事に行くから一緒に行こう」と言われ、父、母、ゆきなの3人で出かけた。その『父の友人』というのが、真之の父親だった。
ゆきなの父は、そこそこ大手の製紙メーカーの社長、真之の父は、これまたそこそこ大手の繊維メーカーの社長、どういう繋がりがあってか二人は友人になったらしい。仕事帰りや休日に二人で飲みに行くことはあったようだが、家族ぐるみの食事会は初めてだった。
食事会は始終和やかで、ゆきなも真之もこれが二人の人生を左右する見合いだとは夢にも思っていなかった。
二人はその日、挨拶を交しただけだった。
婚約、という話が持ち上がったのは、食事会から2日後のこと。当たり前だが、二人は大いに戸惑った。
片や高校教師。片や中学生。
話を聞かされた時、ゆきなは嫌がったが、真之は拒否しなかった。否、できなかった。
彼の首を横に振らせなかったのは、会社の経営状況の悪化という事実だった。
婚約には、日田株式会社の生き残りがかかっていたのだ。
繊維メーカーとして真之の祖父の代から乗し上がってきた日田株式会社は、ここ数年、経営不振に陥っていた。赤字続きで倒産の危機が目に見えてきた頃、転がりこんで来たのが、この縁談だった。
ゆきなの両親は当初、「もう少し娘が大きくなってから」と渋ったらしいが、真之の父は会社の事情などを恥を忍んで話し、婚約という名の企業提携を頼み込んだのだった。
人のいいゆきなの両親は、それを承諾した。真之さんはいい人だから、と、ゆきなをなだめ透かして。
それからというもの、両家で食事をすることが増えた。
しかし、渦中の二人の戸惑いはなかなか消えず、ぎくしゃくしていたのも事実。特にゆきなは、この婚約に酷く嫌悪感を示していた。
そんな二人の様子を見てとったゆきなの両親は、お互いをよく知るために、と、ゆきなを真之の働く高校へと進学させた。
嫌々行った高校で、ゆきなが出会ったのは、食事会で見せる顔とは全く違う顔を持った真之だった。
───ガチャ
「きゃっ!!」
ボーッと考え込んでいたため、突然聞こえたドアを開ける音に、ゆきなは小さな悲鳴を上げた。
「ただいま」
運転席に乗り込みながら、真之が笑う。
眼鏡の奥の切長の瞳を細めて。真之の笑顔は意地悪くも優しくも見える。
不思議な人。
ゆきなは彼に持った第一印象を今も拭い去れずにいる。
初めて会ったとき、今より3つ若い彼は、柔らかい笑みを浮かべていた。そして、それを時折陰らせて、狡猾な狐のような目を光らせるのをゆきなは見逃さなかった。
優しさとずる賢さと。
二つを持っているであろう真之は、ゆきなの目には不思議な初めて見る人種に映った。