エンゲイジ・リングを君に-5
「そんなわけないでしょ!!」
ヒステリックに声を荒げても、真之はクスクスと笑うだけだった。
「……どこ、行くの?」
何を言っても敵うわけがない。観念したゆきなは、見慣れた通りを運転する真之に行き先を尋ねた。
「んー、学校」
「学校!!?」
事も無げに言った真之に、ゆきなは再び声を荒げる。
「どういうつもりよ!?バレたらどうする気!?」
「忘れもん取りに行くだけだよ。だーいじょうぶだって、俺だけ行ってくるし。裏門の方に車停めるから。」
真之はそう言って、クックッとおかしそうに笑う。ゆきなの反応を楽しんでいるかのように。
「そういう問題じゃないでしょ!?」
言い合う間にも、車は混み合う大通りを抜け、ゆきなの通う高校へと近付いていた。
そして。
「ここでいいか」
真之が車を停めたのは、学校の裏門から50メートルほど離れた路肩。土曜とあってか、部活帰りの生徒もいない。これならよっぽどのことがない限り、バレる心配はないだろう。
「じゃ、俺、ちょっと行ってくるな」
そう言い残し、真之は小走りに校内へ入っていった。
後ろ姿を見送りながら、ゆきなは小さく溜め息をつく。
───バレたらどうする気なんだ……?
ゆきなはこの高校の2年生、そして、真之はこの高校の化学教諭だ。教師と生徒が休日に出かけるなんて、世間から見れば外聞悪いことこの上ない。それに、この二人には更に、掘り返されては困る理由がある。
ゆきなは自分の左手を見つめた。
「もう一ヶ月か……」
白い肌。細長い指。一月前と変わらないそこに、一月前あったものが無い。
婚約指輪。
真之とゆきなの婚約が解消されたのは、一月前のことだった。