エンゲイジ・リングを君に-4
「どうぞ上がって。ゆきな、真之さん見えてるわよ」
母親は真之を家の中に入るよう促してから、二階のゆきなに向かって大きめの声で呼び掛けた。
「今行くー」
ゆきなも大声で返す。
その声に真之───日田真之は切長の瞳を細めた。
「お母さん、ここで大丈夫です。夕飯を一緒にと約束していたんですよ」
ゆきなの母親に柔らかな笑顔を向けて言うと、彼女は笑みを一層深くした。
「そうでしたの。じゃあ、よろしくお願いしますね。ゆきなぁ、早くしなさい」
ペコリと頭を下げてから、彼女はまた二階へ呼び掛ける。
「ちょっと待ってってばぁ!!」
二階からは再び大きな、少しイラついた声が返って来て、母親と真之は顔を見合わせて苦笑した。
「ホントにもう、お待たせしてごめんなさいね」
ゆきなの母親はもう一度真之に頭を下げて、奥へ戻っていった。
ゆきなとそっくりの後ろ姿を見ながら、真之はフッと笑みをこぼした。
ゆきなが支度を終えて降りてきたのは、それから3分後だった。
部屋の中では『ごめんぬ、待たせちゃって』という可愛らしい謝り文句を考えていたのに、真之の顔を見たら何も言葉は出てこなかった。
「さ、行こうか」
結局、玄関から真之の車に乗るまでに喋ったのは、真之が発したこの言葉だけだった。
が。
「何なの、いきなり?」
車に乗り込んだ途端、ゆきなは攻撃的な口調で切り出した。
「何って?」
エンジンを始動させ、ルームミラーを確認しながら真之が問い返す。先ほどのゆきなの母親との会話からは考えられないほど、ふざけた口調だった。
「もう会わないって言ってたでしょ?」
助手席から睨みつけた真之の横顔は、鼻筋がとおっていて見とれるほどに整っている。
事実、見とれてしまいそうな自分を抑えて、ゆきなは強がりを言っていた。
「もう会わないつもりだったけど会いたくなった。それじゃダメか?」
「ダっ……」
ダメじゃない、そう言いかけて、ゆきなは口をつぐんだ。
「それに、お前こそ会いたかったから来たんじゃないのか?」
ニヤニヤしながら真之は言う。横目にゆきなを見ながら。縁なしの薄い眼鏡の奥の瞳は、ゆきなの本心を見透かしているようだった。
───会いたかった。
そう言ってしまいたい衝動に駆られる。だけど言えない。虚勢を張っていなきゃいけない。