エンゲイジ・リングを君に-3
次の日は土曜日、帰宅部のゆきなにとっては休日だった。
午前中は掃除をして、午後は宿題をして。彼女のジーンズのポケットで携帯が震えたのは、午後4時を回った頃だった。
ディスプレイを確かめたゆきなの表情が一瞬輝いて、すぐに冷めた。
大きく息を吸ってから、通話ボタンを押す。
「もしもし」
『元気か?』
第一声、聞こえてきたのは背筋がゾクリとするような低めのハスキーボイス。面白がるような響きを湛えたその声に、ゆきなのこめかみがヒクリと震えた。
「昨日も会ったでしょ?……何の用?」
冷たい声。昨日、千晴をふったときの声とも、百合子と話した時の声とも違う。氷のように冷たい、感情のこもらない声だった。
『くくっ。機嫌悪いな。どうした?』
電話の向こうの声は、愉快そうに笑う。
「関係ないでしょ?質問に答えて!何の用なの?」
強い声に彼は笑うのをやめた。
『コイビトに電話するのに、用がなきゃいけないのか?』
真剣な声。だけれど、その声に真剣な意味のないことをゆきなは知っている。
「白々しい。もう切ってもいい?」
『今日、会いたい』
熱のこもった低い声に、終話ボタンを押し掛けた親指が止まる。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。
腹が立っている。断ってしまいたい。
「今……から……?」
だけど、会いたいと、触れたいと思う自分がいた。
『6時に迎えに行く』
そう言って電話は切れた。
「ずるい……」
机にへたりこみ呟いた声は、昨日と同じ弱気な声だった。
午後6時ジャスト、神田家のチャイムが鳴って、長身の男がやって来た。
出迎えたのはゆきなの母親。
「あらぁ、真之さん、いらっしゃい」
ゆきなと同じくらいの背丈に茶髪の前下がりボブ。痩せた色白の彼女は娘そっくりの黒目がちの瞳を細めてにこやかに言った。