エンゲイジ・リングを君に-16
「知ってました」
「は?」
「神田さんに、好きな人がいるってことは」
千晴はうつ向いて、膝に乗せた拳を見つめている。穏やかな表情だった。
「ほら、神田さん、左手の薬指に指輪してたでしょ?あれ、先生だったんですね」
フフッと笑う千晴に、真之はふと罪悪感を覚えた。
きっと彼は、ゆきなの左手から指輪が消えたことに安心して告白したんだろう。だけど、ゆきなはまだ、自分が好きだったから断った。
自意識過剰なわけじゃない。
ゆきなの気持ちぐらい、気付いている。
だからこそ、次の恋に進んでほしかった。
自分に縛られずに、高校生らしい恋愛をしてほしかった。婚約中、自分の気持ちに気付けずに彼女を傷付けるような男ではなくて、もっと違う、彼女を大事にしてくれる───そう例えば、千晴のような男と。
ゆきなが幸せになれるなら、それでいいから。
「先生さ」
いたたまれない気持ちでいた真之は、千晴の声で我に返った。
「な、何だ?」
千晴は相変わらず大きな瞳で見つめてくる。その目が先程より攻撃的に見えるのは、気のせいだろうか?
「先生、神田さんのこと、好きでしょ?」
その言葉は真之の体にゆっくりと入ってくる。
ゆきなのことを、好き?
ああ、そうだ。好きだ。
だけど、言えない。今更そんなこと、言えるはずがない。
「先生?」
千晴は尚も覗きこんでくる。瞳は答えを欲している。
「ああ……」
観念した。
これ以上、押さえきれない。
目の前の少年は応援しようと思っていたライバルだ。ゆきなを彼の手に渡すことが、今更惜しくなったのか。
「俺は、ゆきなが好きだ」
初めて口にした言葉。
抑えていた想いが、溢れだす。
千晴には8つも歳上の男が、恋に無器用な少年に見えた。自分と同じような。
ただ一つ違うのは、目の前のライバルに、負けたということ。しかし、不思議と絶望感はなかった。
だからこそ、後押しする言葉もスルリと出てくる。
「じゃあ、行ってあげてください。神田さん、まだ先生のこと好きですよ」
切長な瞳を見開いて真之が見つめる。
───いいのか?と、その瞳は言っていた。
千晴はニコリと微笑む。
普段のぱっとしない印象が拭い去られるような、優しい微笑みだった。