エンゲイジ・リングを君に-12
婚約解消は、真之の父親の会社、日田株式会社の建て直し再検討が図られたことにあった。
真之の父親が提案していた、息子とゆきなを結婚させることで神田製紙と企業提携しようという建て直し案に、社員である真之の叔父が反対したのが始まりだった。
特別な関係があるわけでもない製紙会社と提携を結ぶよりも、同じ製紙メーカーなら姻戚関係のある自身の妻の親類が経営する会社と提携を結ぶ方が安全だと言うのである。
確かに、他人の会社との提携よりは安全かもしれないが、神田製紙の人のよさげな社長を見る限り、そんな心配は杞憂のようにも感じられる。
しかし、それを言ったところで折れるような叔父ではなかった。
妻の親類である大手製紙メーカー社長と勝手に話をつけてきてしまったのだ。
気の弱いところのある真之の父親は断りきることが出来ず、結局、その話はまとまってしまった。
それをゆきなの父、神田製紙の社長に話したところ、憤怒して婚約解消を訴えた───なんてことはなく、彼はニコニコと人のいい笑顔を浮かべて「そうですか、それはよかった」と言ったそうだ。
ただし、会社間の事情で強引に取り決めた二人の婚約は解消となった。
真之は、指輪を返しに来たゆきなの顔を思い浮かべた。
怒っているような、だけど泣き出しそうな、黒目がちの瞳には何も映っていないようだった。きゅっと引き結んだ口を少しだけ開き、「よかったね」と一言。
婚約解消できて。
あたしから解放されて。
その響きを感じとった時、真之の中に、ゆきなに対する色々な感情が湧き出てきた。
普段はおとなしいくせに、自分の前では強気に振る舞う生意気なガキ。
頑固で、嬉しくても絶対嬉しいなんて言わない。
初めて会ったときは可愛いとも思ったけど、最近は可愛いなんて思ったこともない。
一言言えば、二言も三言も返ってくるムカつくヤツ。
だけど……。
───いとおしい。
別れ際になって愛情が芽生えるなど、思ってもみないことだった。
時が遅すぎたわけではない。
婚約が解消されたからといって、実際の二人に別れろと言う者はいなかった。
だけど。
苦しげな表情で指輪を乗せた右手を突き出すゆきなに、本心は言えなかった。
「じゃあ、もうこうして会う必要もないな」
傷をえぐるような言葉に顔を歪めて、ゆきなは真之の手に指輪を押し付けた。
その日、二人の関係は、ただの教師と生徒に戻ったのだった。