エンゲイジ・リングを君に-11
婚約指輪は、真之が買って贈ったものではなかった。
婚約が決まったときに、真之の父親が「ゆきなちゃんに渡せ」と買ってきたものだった。
中学3年生の女の子と食事。
真之からすれば馬鹿らしささえ覚えるデート中、彼が指輪を取り出したときのゆきなの表情は今も忘れられない。
パッと顔を輝かせ、一瞬にして曇らせた。
「いらない……」
下を向き、小さな声で言う彼女に、真之は心の中で舌うちした。
「いいから、貰っとけ」
半ば強引に左手を引き寄せ、細い薬指に填めこむ。どこで聞いたのか、父親が選んだと言う指輪のサイズはぴったりだった。
ゆきなは口を引き結んだまま、指輪を眺めている。小さなダイヤが埋め込まれた華奢なシルバーのリングは、彼女の白く細長い指に似合っていた。
だが、指には似合っていても、彼女自身には似合わない。まだ中学3年生、たった15歳で、こんな指輪、似合うべきではないのかもしれなかった。
「気に入った?」
真之が聞くと、ゆきなはフルフルと首を横に振った。
気に入らない。指輪が?それとも俺が?
後者だろうと真之は気付いていた。
15歳。これから恋もしたいだろう。好きな男の子もいるだろう。ひょっとしたら今、付き合っている相手もいるかもしれない。
親の会社のため。そんな結婚をたった15歳の少女が受け入れられるだろうか?
事実、ゆきなは受け入れられずにいた。ゆきなだけではなく、真之も。
そして、これからも受け入れられるはずはないと。
だけれど、時がたち、一緒にいる時間が増え、お互いを知れば、気持ちも変わる。
ゆきなが自分を慕うようになったことに真之が気付き始めたのは、婚約後、一年が過ぎた頃だった。
真之も、ゆきなが嫌いだったわけではない。しかし、二人は立場が違った。
真之は教師。ゆきなは生徒。
プライベートで会うこともあるとはいえ、特別な感情を抱ける対象ではなかった。
それでも、『婚約者』という関係上、一緒に出かけたりはしたし、雰囲気によってはキスもそれ以上のこともした。
しかし、ゆきなが想うほど、真之はゆきなに本気にはなれなかった。
そんな真之に、ゆきなは気付いていたのかもしれない。婚約解消の話が持ち上がったとき、ゆきなは真之に「よかったね」と言った。そして、指輪を彼の手に握らせたのだった。