月のうしろすがた-1
なあ、流れ星ってごみなんだぜ。
ふーん。
なあ、俺って月みたいじゃないか?
ふーん。
うだるような昼の暑さは息を潜め、秋の気配を感じるわずかに冷えた風が熱気に紛れて頬を撫でていくのを棗は感じた。
部活帰り。幼なじみの依織と帰るのはもう当たり前のことになっていた。
陸上部の中距離選手の依織とマネージャーをする棗は高校二年。いままで普通に帰ってきたものの、最近周りに色々と言われるようになってきたのだ。
「何ふてくされてんだよ」依織は正直鈍く、あまり口数も多くない。誤解とかも気にしないタイプだ。
「別に」
棗の不機嫌さに肩をすくめるだけ。無駄だと気付いたのか、依織は口を閉じて数歩先を歩きだした。
こうなるともう何も言ってこない。
依織に気付かれないよう小さくため息をつく。
無愛想で気配りもできない。頑固だし口数少ないし。そこは昔から全く変わっていない。
でも、背が伸びて、顔が少し凛々しくなって、運動が出来ることが回りに知れてしまった。そうなると依織は急に女の子から騒がれるようになったのだ。
あたしだけ気付いてたのに。
夜空に目をやる。
今日は満月で、先を行く依織の影をこっそり踏みながら棗は歩く。
こうして送ってくれるのだって、昔から続いてるから。多分特別な気持ちなんてないもの。
棗はそう思う反面でどこか心に小さな疼きを感じていた。皆に付き合ってるの?ときかれると、そんなことないよと返す時にも感じるものだ。
なんなんだろ、これ。
「なあ棗」
「へっ」
急に依織が振り返ったので、棗は思わず声を上げた。動揺する棗を見て、依織が微かに笑った。
「月ってさ」
「また天体トーク?」
「まあ聞けよ」
いつも我が道を行く依織。彼は話したいことは何がなんでも伝えようとするのだ。
「わかった」
依織は呆れ顔の棗の隣に立って、月を指差した。
「月ってさ、いつも同じ面向けてんだってさ」
「地球に?」
棗の問いに依織が頷く。
「裏側はけして見せない。だけどたしかにあるんだ」少し真剣な声。
「依織…くん?」
「俺、月は地球に全部を見せたくないんだと思う。だけど引力…離れたくないとおもってる」
「なんで?」
「全部さらけ出して地球が逃げ出したら辛いから」
依織はそっと棗の手を取った。表情は上を向いているせいではっきりとはわからない。
「そーいうことっ」
そう言って、依織は棗を見て小さく笑って、すぐに上を向いた。
そんな依織に色々言いたい気はしたが、こみあげてくる温かい、名前を知らない感情にそれらは呑まれてしまった。
まあ、いいか。
月はいつもどおりの表情で夜道を行く二人を照らしていく。
でもたまには、うしろがわを見せたいのかもしれない。
終。