二人で、自転車で-1
「ねぇ、どう? かっこいいでしょ!」
桜の花が少しずつ散り始めた日曜日の午後、一緒に出掛けた自転車屋の店先で、展示品の自転車に跨りながら彼女が得意気に笑う。
女の子には少々不釣り合いなマウンテンバイクの様な自転車、しかし彼女は「これなら何処までも行けそう」と瞳を輝かせながら即座にそれを選んだ。
「スカートを穿いてる時は乗れないぞ?それに……」
値札を見てみろ、と言いかけた俺を遮る様に、自転車屋の店主が彼女に声を掛ける。
「最近はね、このタイプは女性にも人気があるんですよ。 どうです、試しに乗られてみては?」
「ええ、ぜひ! なんだかすごくシッカリしていて良い感じなの。この前盗られちゃったのとは大違いだわ」
実は彼女、一週間程前に駅の駐輪場で自転車を盗まれた。
長年愛用した銀色の自転車、その存在は俺の記憶にも鮮明に残っている程だ。
ちなみに、その時には「高校の頃から大切にしてたのに」と散々泣きべそをかいていたのにも関わらず、今となってはすっかりふっ切れたようで、御覧の様に次に乗る自転車をあれこれ夢中に選んでいる。
彼女に限った事ではないが、この類の「割りきり」の付け方は絶対に男より女の方が上手だと思う。
未練たらしくいつまでも覚えているのは大抵男の方で、時にはそれが原因で恋人と物凄い喧嘩になって、悲惨な結末を迎えたりするものだ。
例えば、昔付き合っていた別の彼女から貰ったプレゼントを、捨てる事が出来ずにとっておいたのがバレたり……
「ちょっと、何考え事してるのよっ! お金を払うのはアンタなんだから、ちゃんと一緒にチェックしなきゃだめでしょ?」
その代償に、こうして高額な商品を「オネダリ」されたりとか。
俺は「分かった、分かった。とりあえず店の周りを一周して来てみたら良い……」と苦笑いを浮かべる。
彼女は満面の笑みを浮かべてそれに答えると、短めに揃えた髪を揺らして颯爽とペダルを踏みながら店先から離れていった。
すると、二人の様子を伺っていた店主が「ねえ、旦那さん!これからの季節、二人で自転車で出掛けるなんて最高ですよね?」と店先にある他のモデルを横目でチラチラと見ながら、ニヤニヤと語り掛ける。
なんだ、俺の分まで売ろうってのか?
がめつい奴だと思わず呆れる、しかし「旦那さん」と呼ばれた所為か悪い気はしない。
「俺のは今日はいいですよ、それにあまり普段は自転車に乗る機会が無いので」
「そうなんですか?自転車はね、凄く健康に良いんですよ。ジョギングやウォーキングの様に足腰に負担をかける事なく効果的に運動ができて、しかもバランスをとりながら走る事で鈍っていた平行感覚が……」
柔らかく断ったつもりだったのに、どうやらそれが店主の商人魂に火をつけてしまった様だ。
だが当然買うつもりなんて更々無いから、マシンガンの如く店主の口から放たれる自転車の魅力に関しては全然興味が沸かない。
というより、寧ろ迷惑だ。
頬の筋肉が攣りそうな程のつくり笑いを浮かべながら受け応え、堪えていると店の近所を一回りしに行っていた彼女が戻って来た。
が、しかし。
何か様子がおかしい。