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二人で、自転車で
【コメディ その他小説】

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二人で、自転車で-2

「あぁっ、最悪! 見てよこれ!」

自転車を店先に停めるなり店の中に早足で飛びこんで来た彼女、よく見ると身に纏った白いカットソーの胸やお腹に無数の黒い点々が付いている。

「どうしたんだ? それ……」
「どうもこうも無いわよ、さっき魚屋さんの前を通ったら水を撒いていてさ? 借り物の自転車だから、汚さない様に一応ゆっくり通ったのよ?でも通ったら水がピシャーッて撥ねて……」

彼女が乗って行った自転車には申し訳程度の、スポーツカーに付いている羽根みたいな泥避けが付いているが、その効果はあまり無いらしい。

「お腹がそれじゃ、背中はもっと酷い事になってるんじゃないか?ちょっと見せてみろよ」

振り向かせて背中を見ると、お腹より更に多い無数の黒い点々が広がっていた。

「ねえ、どう?」
「駄目だ。これ、早く洗濯しないと泥水だから落ちなくなるぞ?」

どうやら彼女の選んだ自転車は、実用面の性能はあまり考慮されていないらしく、もっぱら「趣味の自転車」といった類のモノだった様だ。
俺は「諦めて普通のにしろよ、水溜まりを通った位でそれじゃ普段乗れないぞ?」とすかさずたしなめる。
本当は「普段乗れないぞ」の後に「しかも普通のヤツのほうが値段も安いし」と付け加えたかったが、それは敢えて心の中で呟くのみだ。

「それもそうねぇ」


結局、彼女は極普通の自転車を選んだ。
盗まれた自転車に良く似た銀色の自転車……
やっぱり、少しは以前使っていた自転車への想いが心の片隅に残っているのだろうか。
店主はといえば、高い方の商品を売り逃した為か少々ひきつった表情を浮かべていたが、店を出る時には「今度は旦那さんのもお願いしますね?」と丁寧にお辞儀をしてみせた。

そして帰り道。

汚れてしまった彼女の服を急いで洗濯しなければならないので、俺達は自転車屋から程近くにある俺の部屋へと向かった。
買ったばかりの自転車の荷台に彼女を乗せて急ぎ足でペダルを踏みつける。
自転車は彼女の物だが、この場合はやはり俺がペダルをこがなければなるまい。

「ねえ、さっきの自転車屋さんさ? アンタの事を旦那さんって呼んでたわよね?」

いきなり背中から話かける彼女に、俺は思わず「ん?ああ」と気の無い返事をする。

「……ねえ、嬉しかった?」

耳に当たる向かい風が邪魔をして、彼女の声が少し遠くなる。
しかし正直に答えるのが照れ臭い俺は、それを良い事に聞こえていない振りをして見せた。

「んー? 何か言ったか?」
「私は嬉しかったよっ!」

まったく、何を言ってるんだか……
相変わらず聞こえない振りをしながら、俺は次々に迫る景色の彼方に目を細める。
不意に先程の自転車屋の店主の「これからの季節、二人で自転車で出掛けるなんて最高ですよね?」という言葉が頭の中に浮かんだ。

「なるほど、確かにそうだな…… 」
「えっ、なあに?」

俺は独り言を聞かれた恥ずかしさを脚力に変えて、更に自転車のスピードをあげてみた。

おしまい


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