つかの間の愛情ー後編ー-4
一巳は"青木のヤツ、気を利かせやがって"と感謝した。表からは、彼らの声が時折聴こえてくる。
2人の間に沈黙が流れる。短い時間が何時間にも感じられた。それを破るように、一巳は恵子に訊いた。
[…久しぶり…どうしてた?]
"我ながら情けない質問だ!もっと気の利いた言葉を言えないのか"と心の中で叫んだ。
[アタシね。今、夜学に通ってるの。知ってる?〇高の定時制]
[ああ、4年制のヤツだろ。結構レベルが高い…]
彼女は頷いて、
[昼間は喫茶店でバイトしてるの…一巳と同じように働きながら勉強しようって…]
一巳ははにかみながら、
[そうか…頑張れよ。結構辛いぞ…]
[うん…喫茶店って見た目よりキツいの。それに洗い物するでしょう]
[オマエ…ちょっと手を見せて]
引っ張るように恵子の手を自分に引き寄せる一巳。彼女は顔を赤らめていた。キレイだった指がカサカサになりひび割れていた。
その時、一巳は冬服で来ていたのを思い出し、ジャケットのポケットを探る。あった!
一巳は恵子の手にチューブを渡した。
[オレもスタンドのバイトで手が荒れるんだ。コレ、結構効くぜ。バイトが終わったらすぐに塗ってみな]
恵子は黙って頷くと、それを受け取った。
再びしばしの沈黙。今度は恵子が破る。
[あのね、アタシね利嗣君の事がすごく好きみたい!]
突然の発言に一巳はポカンとしていた。内容を理解出来なかった。ようやく出た言葉は何とも情けない言葉だった。
[どうして?]
聞けば利嗣とは通う定時制高校で知り合ったクラス・メイトで、ひとつ歳上だそうだ。彼と話しているうちに、その考え方や生きざまに牽かれたそうだ。
それを訊いた一巳は、哀しいような嬉しいような複雑な心境で恵子を見つめながら答えた。
[分かった。オマエの好きなようにしろ]
[……でも]
一巳は立ち上がりながら、
[心が離れてるのに、一緒にいても続かないさ。いずれ別れる]
そう言って恵子の髪を撫でながら、
[10年経って、オマエが素敵な女になったら…また、デートしような]
恵子は泣きながら、"ウンウン"と頷いている。一巳は"じゃあな"とだけ言って部屋を後にした……
一巳は充血し、溢れそうな涙を悟られないように玄関を後にした。後方からは仲間達の笑い声がかすかに聴こえていた……
…[つかの間の愛情 後編 完]…