友達百人できるのか?-1
「友達百人でっきるかな…この歌を知ってるかい」
うるさいなあ。
「君だよ。君に聞いてるんだよ」
カタカタとパソコンのキーボードを打つ手は休めない。
「斎藤くん」
やっぱりわたしに聞いてるのか。この部屋には二人しかいないしな。
「斎藤くーん。給料減らすよ」
チッ。職権濫用だよ。
「今、舌打ちしただろう」
聞こえてたか。
「…知ってますよ、その歌。有名ですもん」
しかたないから答えてやる。
「そう、有名なあの歌だ。僕はこの曲を聞くときほど、寂しくなるときはないね」
「…へー」
「…なんでか、理由、聞かないの」
「…ごめんなさい、興味ないです」
忙しいですし。
「…僕がなぜ寂しくなるかっていうとね…」
興味ないって言ってるのに。
「百人で食べたいな、富士山の上でおにぎりをって歌っているけれど、果たして百人全員、脱落者なしに富士山の頂上にたどり着けるのだろうか、斎藤くん」
「…知りませんよ」
「一人くらい体力のもたない友達だっているはずだろう、斎藤くん」
「知りません」
「それとも、なにか?その友達百人はアスリート集団なのかい、斎藤くん」
「知りません。わたしに聞かないでください」
「そもそも、百人も友達なんてつくれるのかい、斎藤くん」
「さあ、つくれるんじゃないですか」
いい加減黙ってくんないかな、この人。
「自慢じゃないが、僕は百人も友達をつくれない自信があるぞ」
「ホントに自慢じゃないですね」
「斎藤くんは友達百人いるかい?」
「いないですね」
「だろう?百人もいないよなあ。君、友達少なそうだもんなあ」
なんかむかつく。お前に言われたくないし。
「それに、君はあのタイプだろう。明日山登りするから集合って言われても、当日になって面倒臭いから休むタイプ」
「なんですか、そのタイプ」
ていうかそれお前のことだろ。
「運動会で、みんなが一致団結してるときに一人だけ応援合戦で振り付け間違っちゃうタイプ」
「ただのおっちょこちょいじゃないですか」
「僕はそのタイプだった」やっぱりお前のことじゃん。
「…おっちょこちょいって面白い言葉だね。語感がいいなあ」
いきなり関係ないし。
「響きがさあ。おっちょこちょいってね。いかにも間抜けってかんじ」
仕事しろ。
「おっちょこちょい…いいなあ。おっちょこちょい。改名しようかな、おっちょこちょいに。どう思う斎藤くん」
「もう、改名するなら、おっちょこちょいにすればいいじゃないですか!仕事してください、おっちょこちょい!」
あ、つい怒ってしまった。「…斎藤くん。僕は決めたよ」
え、ホントに改名するの?
「『友達百人できるかな作戦』始動だ!」
あっ、そう。っていうか。
「…仕事してくださいよ」
わたしは人生の選択を間違えた。と思う。
広島から上京して、都内の女子大に入学した。
特に目標とか夢があったわけじゃないけど、とりあえずなんとかなると思っていた。
けど、「なんとか」なんてならなかった。
就職活動をして痛いほどそれを感じた。目標も夢もない人間は誰かに負けるに決まっていたのだ。
途方に暮れていた頃、目に飛込んだのが今の職場の求人案内だ。
「澤田探偵事務所」と会社名は書いてあった。
ダメ元でいいから、受けてみよう。それが人生の選択を間違えた瞬間だった。