猫被りな屋上の住人-1
県内髄一の進学校…ここには、勉強以外に何の楽しみも無い。
生徒全員が敵同士で、同じ教室に居ても挨拶すら交さず、教室内はいつもピリピリしている。
俺達はライバルなんていうお互いを高め合う様な甘い関係じゃなく、常に蹴落とすか蹴落とされるかの状態にあるのだから、それも仕方ない事なのかも知れない。
こういう環境に身を置いている生徒は、ヤル気を無くすか、自分を無理に偽ってヤル気が有るフリをするかのどちらかだと俺は思う。
因みに俺は前者…
俺の名前は小谷 倫(コタニ リン)、高校3年。
入学当時はトップクラスだった成績も今はかなり下の方で、単位を落とさない程度に適当にやっている。
変化の無い毎日…
退屈な学校…
日々繰り返される『勉強』の言葉に嫌気がする。
俺はそんな日常から抜け出すきっかけを、ずっと探していたのかも知れない。
この学校で唯一の俺の憩いの場所…屋上…ここに俺以外の人間が来る事は先ず無い。
と言うのも、ここの扉には年中鍵が掛っていて、そう簡単には入れないからだ。
まぁ俺にとってはそんな鍵も有って無い様な物で、針金でちょっといじれば簡単に開ける事が出来る。もし見つかれば停学じゃ済まされないだろうけど…
そんな屋上に、今日は何故か先客が居た。
一人の女生徒が、ビニールシートを広げて堂々と寛いでいる。
(あれは…里中か?)
里中 蓮花(サトナカ レンゲ)…この学校の中で唯一、絶対的な地位を確立している人物だ。
常に競争のトップを走り、先生からの期待を一身に受けている。そして、極めつけは生徒会長…文句無しの優等生だ。
(あの里中が…こんな所に?)
俺は暫く、じっと様子を覗き見ていた。
「あ゛〜、タルいなぁ…」
里中は空を見上げて、ブツブツ独り言を言っている。
「嫌がらせの様に課題ばっか出しやがって…まじウゼェ!」
その周りには、教科書やらノートやらが乱雑に置かれていて、風が吹く度にパラパラとページが捲れる。
でもそんな里中の様子に、俺は違和感を感じた。
普段の里中は、良く言えばクール…悪く言えば無愛想な女だ。
いつも淡々と喋って、いつも無表情。『機械』と呼ばれる程に涼しい顔をして何でも完璧にこなし、努力をしている姿なんか誰も見たことが無い。
それなのに…今の里中は教科書片手にボヤいている。しかも、口調がいつもとは明らかに違う。
だから俺は、喰い入る様にじっくり観察してしまった。
「金ジィのハゲーーーっ!」
「ぶぶっ…」
突然里中が立ち上がって叫んだ言葉に、俺はつい吹き出してしまった。
金ジィといえは、光る頭が印象的な英語の先生だ。
俺だって敢えて口には出さなかったのに、里中はハッキリと叫びやがった。しかも校内で…
(すっげぇ…本人に聞こえてたらどうすんだ?)
「クックックッ…」
苦虫を噛み潰した様な金ジィの顔を想像してしまって、俺は込み上げてくる笑いを抑えられない。
すると、何の前触れも無く里中が俺の前に立ちはだかった。いつもの無表情面で…
「何をしていらっしゃるんですか?ここは立ち入り禁止の筈ですけど?」
他人を見下した様な淡々とした口調…これこそが、俺の知っている里中だ。
いつも思うが、小馬鹿にされている感じがして面白くない。
「自分はどうなんだよ?てか、こんな場所でお勉強か?機械でも勉強すんだ?」
「そこ、鍵締まってませんでしたか?勝手に開けた事が知れたら、停学ですよ?早く出て行って下さい。邪魔です。」
「お前、俺の話聞いてないだろ?って……お、おいっ!」
里中は、俺の言葉を無視して俺を校舎内に押しやると、そのまま鍵をカチャリと掛けた。