【魅惑のお客サマ。-Aside-】-1
「ぴよ、ぴよ…」
小さくて、黄色くて、愛らしい。
それは、手に取ると壊れてしまいそうなくらい脆い生き物だ。
だが、親に温められて育ったそれは、その温かさを忘れずに次の世代へと伝えていく。
それはまるで…――。
テレビでひよこを観る度に思い出すのは人間だった。鶏でもなく、卵でもなく。
でも、誰かは知らない。そこまでは分からない。
ただ、優しかった。小さな俺を抱き上げる手も、見つめる瞳も、包み込んでくれる匂いも。
でも、顔が思い出せない。
物心つく前から一緒に居たその人は、物心ついた頃にはもう傍には居なかったから。
【魅惑のお客サマ。-Aside-】
「アーヤくん!」
ゴオッと風が吹き抜けたかと思ったら、続け様に後ろから名前を呼ばれた。
聞き慣れたその声を多少煩わしく感じながらも、振り向いて返事してやる。
「その呼び方やめろ」
「アーヤ君…いでっ!」
だからコイツは嫌なんだ。語尾にハートマークが付くような言い方しやがって。
デコピンを一発、広いデコにお見舞いしてやる。
「痛いなー史人…」
「何だよ由謳(ユウ)」
「冷たっ!!もうちょっと優しく…」
そう言いながら擦り寄ってくるコイツは、生まれた時から俺にまとわりついてた。
人なつっこい性格とその外見のせいで、一体俺はどれだけ損をしてきたのだろう?
結局は受け答えしてしまうのだ。
「何だよ?」
「いやいや、今日で卒業だねっ!」
卒業、という言葉を聞いても別に何も感じない。
淋しいとも、悲しい、とも。
大した思い出も無いし、人生の中の出来事が一つ終わっただけだ。
ただ…
「そうだな」
短くそう答えると、由謳は寂しそうに俺を見上げる。
165cmと、男にしては小柄だがバスケ部ではエースだった。
そんな、負けず嫌いの頑張り屋が、目に涙を浮かべて俺を見つめている。
「史人…頑張れよ」
いつもなら、「何をだよ」と軽く答えるであろう由謳の「頑張れ」。
だが、今の俺には充分それが伝わった。
「たまには帰ってくるから」
ポンポン、と頭を叩いて俺は微笑んだ。
由謳の頭に降る花びらを一枚手にとって、生徒手帳に挟む。
いつかは萎れるであろう花びらと、いつまでも枯れぬ唯一の思いを胸にしまった。
「史人!」
式では絶えず笑みを振り撒いてたくせに、こんな時に限って泣きやがる。
そんな由謳を、俺は笑って見つめる。
「何だよ?」
「彼女出来たら教えろよ!!」
返事はしなかった。
微笑んで、俺は親友に背を向けた。
「ばーか…」
聞こえぬように小さく呟く。
再び、ゴオッと強い風が俺を襲う。
由謳の泣き声を、俺の呟きを、その風は拐ってどこかへと消えてしまった。