卒業の後-1
午後3時、◯◯駅の北出入口で赤いスポーツバックを持った短髪の男が近づいて私に尋ねる。
「あの…」
「はい?あ、シュウさんですか?」
「はい。あなたは海ちゃん?」
「はい。初めまして」
「初めまして。取りあえず僕の車乗らない?」
海なんて名前は勿論偽名。恐らく相手も。私はそれで充分。程よい距離感は大切なのだ。
「へぇ、今日卒業式だったんだ!おめでとう」
「ありがとう。まぁ普通に終わったよ」
シュウは25歳。彼氏より年上だった。車も彼氏より綺麗だ。音楽のセンスもいい。香水は海のような爽やかな香りで思わずはっとしてしまう。
「着いたよ」
そこは海を見下ろせる隠れたデートスポットだった。
「海好きでしょ?」
「うん」
昔は、ね。
一緒にしばらく散歩して、何となくいつもと違う事に気付いた。足がまだ痛くない。何故だろう。
シュウを見上げて分かった。シュウが歩幅を私に合わせてくれていたからだ。
彼氏はいつも私の数メートル先を歩く。私はヒールだし歩くのが遅いから、いつも走っている。何回速いと言っても、ゴメンと言ってくれても、一向に直らない。だから私の足は常に小指に豆が出来ている。それが今日は疼かないのだ。
『あ、彼氏…』
怒らないかな。
まぁ、いっか。
私は彼氏に僅かながら不満を抱き始めていた。もしかしたら、だからシュウを誘ったのかもしれない。だとしたらそれは浮気になるのだろうか。
否、どちらかといえば唯の飲み友達のような感覚だ。私の方は。
それから適当にドライブした。意外と楽しかった。
「今何時?」
「19時半」
「もうそんな時間か。どうする?送ろうか?」
「あ…うん、じゃあお願いします」
「何処に送ればいい?」
「□□駅で」
「了解。そこ地元なの?」
「ううん」
彼氏の地元だ。
「そっか」
シュウは深入りしてこない。勿論私も。あくまでもメル友。後腐れは後免だ。どうやらシュウもそうらしい。私に彼氏いるの知ってるからかな。
「んじゃまたいつでもメールして」
「うん、ありがと。ばいばい」
シュウと別れた足でそのまま彼氏の家へ向かう。今日は漫画を返してもらう約束だ。
慣れた手つきでドアを開ける。
「こんばんは」
「入って」
6畳のリビングはいつも殺風景で、なのに片付いていない。