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堕天使と殺人鬼
【二次創作 その他小説】

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堕天使と殺人鬼--第11話---5

 初めて彼と出会った中学の入学式。仲良くなったきっかけとなった、体育の授業での出来事。四人で見に行った映画の、ラストシーンの話で盛り上がったこと。割とオシャレな愁と一緒に服を買いに行って、自分の服のセンスが良いと褒めた時の、彼の不器用な笑顔。深夜、愁の家へ上がり込んで、日が昇るまで初めての経験となった酒を飲み飽かした時のこと。煙草を吹かしている愁を見て、美味いのかと聞いた自分に、苦笑しながらマズイと答えた彼の複雑そうな横顔。淡々と家庭事情について語った愁が、無表情だが悲しそうな瞳を、小刻みに揺らしていたこと――。

 ほぼ無意識の動作で、晴弥は力のない足を一歩ずつ踏み出していた。今にも倒れてしまいそうだったが、ぐっと堪えた。どうしても、どうしても向かわなければならなかった。ぴくりとも動かない、友人の元へ――。
 僅か数メートルの距離を永遠にも等しいと感じるほど、晴弥は豊かな感受性の持ち主ではなかった。しかし、どんなに床を蹴っても、中々目的地に辿り着けないことにも気付いていた。自身を取り巻く時間だけが、周りと別離されているような奇妙な錯覚さえ起こしてしまう。確かに今の自分は、普段の何倍も遅いペースしか出せていないのだろうが、それにしても、長かった。どうしようもなく、長かった。しかし確実に、その場所は近づいていた。
 脚を止めた時、別離されていた晴弥の時間が正常に戻った。彼の見下ろす先には、倒れている一人の友人と、呆然としている二人の友人が固まっている。
 顔中の筋肉が緊張しているのだろうか、開きかけた顎が小刻みに揺れている。しかし晴弥は言わずにいられなかった。何の解決にもならないことは分かっていたが、こう、言わずにはいれなかったのだ。
「嘘だろ、愁……冗談はよしてくれよ……。」
 思いの他、涙声になっていることに気付いた。声に出してみたら、妙な実感が襲って来た。目下の答えない友人――日頃から彼がわざと無視をすることは多々あったが、意味のある質問には必ず答えていたはずだ。それが、答えない――答えてくれない。
 もう、認めざるを得なかった。飛鳥愁は――死んだのだ。すでにその場にいる全員が、いや、数十名の生徒がその事実を認めていた。晴弥もその一人だった。
 ――しかしここで、驚くべき変化が、愁の身に起こった。力なく、ぽかんと開いていた彼の唇から、微かな呻き声が漏れたのだった。続いて綺麗に整えられた彼の眉が、苦しそうに皺を寄せると、驚いたことに、愁は――ゆっくりと目を開けた。
「――愁!」
「いってえ……畜生、何が起きたんだ……?」
 肩を押さえながら今度こそ起き上がろうとする愁に、慌ててアキラと遼が手を貸した。やっとのことで上半身だけ起こすと、彼は触れていた肩に目を向けて、ぎょっとする。自らの身体から流れている血を目の当たりにして、益々訳が分からない、と言った様子である。
 晴弥はと言うと、再び動き出した愁を見ても、それこそ実感が沸かなかった。だって、彼は死んだはずだ。自分の目の前で、いや、ここにいる全員の目の前で撃たれて、それから全く動かなかったではないか。では今、沼野遼に身体を支えられ、肩の具合を都月アキラに伺われている彼は、極端に言うならば幽霊、だろうか。――そんな夢想さえしてしまう。
 だが、しかし――とにかく、そんなことはもちろん、あるはずがなかった。そこにいる彼は正しく、自分の身体を持っていた。意思を持って動いていた。幽霊と言えば脚が透けているものだが(晴弥はそう自分の辞書に記録していた)、その彼にはきちんと脚があり、どこも透けてなどいない。それで晴弥は、実に妙なところで愁が生きていることを初めて認識したのだった。安堵感をたっぷりと含んだ溜息が、思わず唇からふっと漏れる。――生きていた。生きていたのだ。良かった、本当に本当に良かった!
 冷静になって愁の肩の傷をよく見てみると、どうやら先程、三木原が撃った銃弾は運良く――いや、三木原はわざとそこを狙ったのかも知れないがとにかく、それは愁の肩を掠っただけのようだった。確かにかなりの量を出血してはいるが、それでも命に別状はないだろう。暫く彼が意識を手放していたのは、倒れた拍子に頭でも打ったのだろうか。だがそんなことは今更どうでも良いことだ。彼は、生きていたのだから。
 愁が生きていたことに、一体どれだけの生徒が安堵しただろう。しかし、だからと言って問題が解決した訳ではもちろんない。


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