【魅惑のお客サマ。-1-】-1
「ぴよ、ぴよ!」
そう言って、私のあとをトコトコついてくる小さな男の子。
私には、六つ年が離れた従兄弟がいた。
正月やお盆などで、親戚が集まる時はいつも私にベッタリだった可愛い子。
「アヤ君、ほらお月様だよ」
「まんまう、まんまう!」
「まんまるだねえ」
月を指差して笑う姿は無邪気で幼くて。
兄弟が居なかった私は、彼を四六時中可愛がって放さなかった。
当時の私は、その子の目元にある黶が羨ましくて、いつも撫でていた。
でも、中学に上がってからは、親戚の集まりなんか行かなくなって彼に会う機会も減っていく。
だからこの前、その子がウチに居候すると聞いた時もそのイメージのままだったんだ。
可愛くて、幼いままの彼だと思い込んで…――。
【魅惑のお客サマ。-1-】
「あらまあ、いらっしゃい!」
階下から聞こえた母の喜々した声で目を覚ます。
昨日会社の飲み会ではしゃぎ過ぎた為か、起き上がると同時に激しい頭痛に襲われて再び布団に倒れこんだ。
「うえ…気持ち悪い…」
今日は日曜日、ゆっくり寝てようと思ってたのに…。
((大丈夫よ、まだ寝てなさい))
((早く起きろ。客だぞ、客))
私の中の天使と悪魔が囁きかける。
(分かった…そうするよ)
私は迷わず、天使と手を組んだ。
またウトウトと瞼を閉じかけた、その時。
「雛ー!史人君よー!」
恨むぞ、佳子(母)。
(…史人?誰だっけ…史…と…)
返事するのも億劫で、布団の上でボンヤリ考えていると、下で何やらボソボソと話してる声が聞こえる。
いいのよ、とか、ごめんね、とかそんな感じ。
暫くすると、階段をトントンと上がってくる音がした。
「だる…」
きっと母親が起こしに来たんだろう…まだ寝てたいのに。
足音は私の部屋の前で止まると、心なし静かにドアを開けた。そしてベッドで布団を被っている私に声を掛ける。
「おはよう、ぴよ」
(…………誰?!)
ガバッと布団を退けて起き上がると、グラッと脳が揺れる。
「…おえっ」
「心のこもった歓迎をどうもありがとう」
皮肉たっぷりにお礼を言われ顔を上げると、そこには知らない男の子が私を見下ろしていた。
気のせいか、口の端が微妙に上がってる。
「だ…ごめ、てかだ…いや、か…」
「整理してから喋れば」
(うわ、何か恐…)
笑ってんのか怒ってんのか、分からないその笑みが恐い。
「だ、誰?」
謝るより先に、好奇心を優先させる。
すると…
「覚えてないの?俺のこと」
驚いたかのように目を開くと、綺麗に整えられた眉を歪めて彼はうつ向き呟いた。
「ぴよ、俺だよ?」
(あれ…ぴよ?それって確か…)
グルグルの脳内から記憶を引っ張り出して、引っ掛かった部分を探る。
途中でハッとした。
お父さんがこの間、『親戚の子が、東京の高校に通うらしくてな。3年間だけだが、ウチに居候する事になったんだ』って言ってたけど…。
あれは、あの子の事だったのだろうか?
確かに、あの子は私を「ぴよ」と呼んで慕ってくれていたけど。
笑うと、てろんと目が垂れる笑顔も。
小さくて、思わず摘みたくなる鼻とか。
笑ったり泣いたりと忙しい口とか。
抱き上げるとキャッキャ言って暴れる小さい体とか。
(……面影が、全く無い)
目元は涼しげに切長で、品良く鼻筋が通った鼻は高い。今はわざと上がっているものの、自然にしてても口角がキュッと上がった口元は優しげ。
背だって、私の方が抱えられてしまいそうなくらい高い。
でも…
(黶が変わってない…)
泣き黶はそのままで、彼を一層色っぽく見せる役割をしていた。