【魅惑のお客サマ。-1-】-2
「…アヤ君?」
小さい子は、アヤトという名前だった。
このデカい彼は、頷くのだろうか?
「へえ、思い出したんだ?」
そうだったらしい。かなりショックだ。
あんなに無邪気で可愛かったのに、こんな…
(これじゃ、まるで…)
「大きく…なったね」
(ほんとの『男』じゃない!)
「ぴよの方がデカかったのに…ねえ?」
私が思い出した事に少しは気を良くしたのか、彼は笑って口を開いた。
「これからは、ヒヨコって呼ぼうか?」
雛(ひよこ)は私の名前で、それは正しいのだけど…
(何で覚えてるの…?)
あれから、何年経ったと思っているのだろう?
「どうして私の名前「知ってるかって?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、私の言葉を遮ると彼は近付いてきた。
ベッドに腰掛けてこっちを向いたから、思わず後退りをしながら毛布を体に巻く。
それには構わず彼は身をグッと近付けると、腕を伸ばし壁に手を突いて間に私を挟んだ。
「ちょっ…」
「教えて欲しい?」
体を縮込めて膝を抱え顔を横に反らすと、耳を口にくわえてきた。
(なっ、何?!)
唇で軽く噛まれて、背筋にゾクッとしたモノが走る。
「っ…?!」
逃げようにも、腕に囲まれているから逃げられない。
「逃げるなよ?」
囁くような低い声が、私を擽り念を押す。
からかうように目が私を見据えると、キュッと細まった。
「ヒヨコ?」
あんなに小さかった頃の出来事を、今も覚えているのだろうか?
そう訊きたくても、訊けない。声が出ない。
(この目を見てるからだ…)
そう思っても、反らせない。
だって、知りたい…何で名前を覚えているのか。
二日酔いはいつの間にか感じていなかった。でも…
「3年間…よろしくね、ヒヨコ」
懐かしい、彼が幼い頃の記憶と今の大人になった彼の姿のギャップの激しさに混乱している。
その言葉の本当の意味を、考えもせずに。
「う、うん…」
クラクラしながらやっとの思いで返事をすると、彼はフッと微笑んで私から離れた。
「な…んで名前…」
「ああ、そうだった」
混乱しながらも気になっていた質問をぶつけると、彼は苦笑しながらも答えてくれた。
「叔母さんが、さっき呼んでた」
あ…。
「ずっ、ずるいっ!!」
「覚えてるわけないでしょうが、フツーに考えて」
確かに…でもっ、でもっずるい!
「これから、知っていかなきゃ…ねえ?」
普通に見たら格好良いであろう笑みも、今の状況じゃ只のカンジ悪い笑みにしか見えない。
唖然とする私にそう告げると、アヤトは部屋から出て行った。
「や、やばい…」
六つも年下のハズなのに…。高校前って事は、まだ中学生?!
なのにあの迫り方。明らか、『女』を知っている。
「あんなにちっちゃかったのにぃ…」
あの可愛さは見る影もなく、『男』になってしまった彼に溜め息を吐く。
もうあんな風な関係ではない事を、嫌でも思い知らされる。
戻ってきた二日酔いのクラクラと、これからあるだろう戸惑いのクラクラで、私は三度ベッドの上に倒れ込んだのだった。
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