恋の奴隷-9
「ところで柚姫最近どうなの?」
「え?何が?」
三人で教室までワイワイ話しながら向かっている途中、不意に夏音が思い出したかのように聞く。私は首を傾げて聞き返すと、
「何がって…柚姫の弟だよ」
呆れたようにヒデに言われて、あぁそういえば優磨ってば可愛いんだよ、とあの日の出来事をふふふと笑いを零しながら話した。
「ちょっ…柚姫キスされたの!?」
すると夏音がいきなり素っ頓狂な声を出して。
「え…そうだけど?」
「そうだけどって…」
それまで顔をしかめて黙って聞いていたヒデがボソッと呟く。
「でも優磨は弟だから」
へらっと笑って言う私に二人共複雑な顔をしていたのだけれど。チャイムが鳴って、小走りをした私はそのすぐ後ろで、やばいんじゃない?と夏音が気の毒そうにヒデに言っているのにも、ヒデの表情が曇っていたのにも気が付かなかった…。
「ねぇ柚姫…いくら優磨君が弟だからって優磨君だって男の子なのよ?」
休み時間になって、次の授業の用意をしていると、前の席の夏音がくるりと私の方を向いて眉をひそめ、念を押すように言う。
「え?…いきなりどうしたの?」
困惑気味に夏音の言葉を聞き返すと、廊下から聞き慣れた呼び声が耳に入る。
「優磨ッ!どうしたの!?」
心配そうな顔をして私を見つめる夏音をよそに、私は急いで優磨の元に駆け寄った。
「次英語の翻訳なんだけど俺辞書忘れちゃって」
「しょうがないなぁ。帰りにアイス奢りね?」
そんなやり取りに教室にいた人達がみんな一斉にざわめき出して。女の子達は優磨を見るなり黄色い声を上げる。
「この人柚ちゃんの彼氏!?」
身を乗り出して聞いてきたクラスの子に、
「えッ…弟だよ…ね、優磨?」
と困ったようにそう言って優磨を見上げると、ひゅうっと目の奥が光を失って。みるみるうちにその瞳は冷たく鋭くなって。
「やっぱ辞書いらねぇ」
「優磨!?」
そっけなくそう言って背を向け歩いていく優磨を、オドオドしながら呼んでも振り向いてもくれなくて。
「…やっぱりね」
夏音が目を細めてそうぼやいたのも、教室のざわめきの中に溶けて消えた。
休み時間の度に私のところへやって来ては優磨のことをやたらと聞いてくる子達にぐったりしていると、ヒデがいきなり私の腕を引っ張って教室から連れ出して。屋上へ続く非常階段までやって来ると、ヒデがようやく私の腕を離し、
「柚姫…大丈夫か?」
とすっかり眉を下げて心配そうに問い掛ける。私は俯いたまま首を縦に小さく振った。
「ひでぇよな。あんな態度取るなんて自分勝手もいいとこだよ」
と大きくため息をつきながら言うヒデに、
「優磨の事悪く言わないで!」
そう悲鳴のような声を上げてしまい、ヒデは肩をすくめた。
「…ゴメン。私が何か嫌がることしちゃったんだよ、きっと…」
「柚姫はさぁ、アイツのこと本当に弟だと思ってるの?」
不安げにゆらゆらと瞳を揺らしてそう問い掛けるヒデに、息を飲む。