恋の奴隷-2
「何それ…そんな急に言われたってわかんないもん!柚、今までだっていっぱい我慢してきたよ?ママがいなくなってからずっと二人きりだったじゃない。パパは柚だけじゃ不満?柚はもういらないの?」
「違う!違うよ柚姫?パパは…」
「もういいよッ!そんな話し聞きたくない!」
そう言って私はその場から走って逃げ出した。涙がボロボロ止まらなくて。子供地味た事しか出来ない自分が情けなくて。何故パパにおめでとうって笑顔で言ってあげられなかったのだろう。いつもの私なら笑ってしょうがないなぁって許していたはずなのに。パパのあの真剣な目を見たら、急にパパを失うような気がしたの。いつだって私の事だけを考えてくれていたパパ。いざという時はいつだって隣にいてくれたパパ。私の大好きな人―。
ピンヒールの慣れない靴なんて履いたから、擦れて赤くなっていて、私は立ち止まってホテルの外にあるテラスで夜風に当たっていた。考えれば考える程じわっと滲み出る涙に、顔を空に振り仰ぎ瞼を閉じて堪えた。するとひんやりとした何かが目を覆った。
「いつまでそこにいるつもり?」
驚いて手に取り見るとそれは濡れたハンカチだった。そして麻生さんの息子―優磨が私の隣にあった椅子に腰かけてそう問いかけてきた。私はその問いには答えずぷいっとソッポを向いた。
「…おい、聞いてんのかガキ」
「ガキ!?ガキじゃないもんッ!」
ついカッとなって私がむきになって言い返すと、奴はふっと笑って言う。
「いきなり飛び出して親父さん困らせて。もう涙目だったぞ」
「パパは別にもう柚の事いらないんだよ。じゃなきゃ再婚なんてしない」
「ばーか。そんな風に思ってないって自分でも分かってんだろ?」
そう優しい声で問い掛けられ、私は黙ってこくりと頷いた。まるでパパに言われたような気がして。
パパには私しかいないって思っていたから。いきなり再婚相手だなんて紹介されて、パパを奪われた気がした。
ヤキモチ―私の初恋の相手は生まれてから今までパパだったのかもしれない。
「じゃあ戻ろう?一緒に」
「…うん」
すっと手を差し延べられて、私はそれに自分の手を重ねた。
お店に戻ると、パパはいい歳してヒックヒックとしゃくり泣いて謝ってきて、私はしょうがないなぁって笑った。麻生さんもそんなパパを見てしっかりしなさいよって叱ってて、もう再婚なんてしないってすっかり呆れたような顔をして言い出すから、余計パパもオロオロしちゃって。頼りないパパには麻生さんみたいな女性がぴったりだなって、心からそう思った。二人はお似合いねって言ったら、嬉しそうに照れちゃって何だか可愛くて。麻生さんならパパを譲ってあげてもいいかな、なんて娘を持つお父さんみたいなこと思っちゃって笑っちゃった。
こうして私の長い長い初恋は幕を閉じた。次はパパ以上にいい人を見つけて、今以上に大きな恋にしよう。
新しい恋の予感がするから…。
数日後、パパと彰子さん―と呼ぶことにした―は無事籍を入れ、彰子さん親子がうちに越してきた。彰子さんってば娘が出来て嬉しいなんてはしゃいじゃって。とても気さくでいい人。彰子さんとは上手くやっていけると思う。…問題はその息子―優磨だったりする。あの夜は優磨がいたから素直になれたし、凄く感謝してる。それに…切れ長の目に高い鼻、顔だって小さくて、背も高くて。可愛い系のパパと正反対の美形で、カッコイイな、なんて思っちゃったりした。…けど、実際一緒に暮らすようになってからは、まるで別人のよう。口は悪いし、生意気だし、自分勝手だし…いいとこなんて一つも見つからないわけで。
結婚してからも仕事をしたいという彰子さんの代わりに、彰子さんが忙しい日は私が夕飯の支度をしている。パパと二人で暮らしていた頃もしていた事だから、ただ作る量が増えただけで、特に大変といったわけではないのだけれど。
「柚、飯ッ」
相変わらず仕事の忙しいパパと、彰子さんが遅番の日は二人っきり。全くもってうんざりだわ。
「出来たってばぁ!それより柚のが年上なんだから呼び捨しちゃだめって言ってるでしょ?」
そう、顔の割に?優磨は私の1つ下だったりする。
「はぁ?どう見たって俺のが年上に見えるだろ」
「い、一応年上だもん」
「一応な。そんじゃあ、お姉さま、エビフライ頂きます」
「あーッ!!柚の大好物なんだよ!?ちゃんと自分の分あるでしょーが!」
「可愛い弟のために我慢しなきゃ」
「可愛くないもん!嫌い!」
と言った風に私は優磨にからかわれてばっかりで。夏休みもあと1週間で終わる。そしたら学校も始まって少しは別々の生活になる、って自分を励ましてるいるの…。