恋の奴隷-10
「あ、当たり前じゃない…」
「じゃあ男としては見てないんだよな?」
ひたと私を見つめて言うヒデに、戸惑いながら私は黙って頷いた。するといきなりヒデは私を抱き寄せると、
「アイツがただの弟ならそんな目でアイツのこと見るなよ…俺だけを見て…」
そう震える声で言い、苦しそうに顔を歪ませて。私は驚いてその腕を振り払うと、ヒデはぎゅうと唇を噛んで走っていってしまった。私は力なく、へなへなとその場に座り込んでしまって。暫くして夏音がうずくまっている私の隣にそっと腰を下ろす。
「ヒデに聞いたわ。ここにいるだろうから行ってあげてって…」
口元に薄っすら笑みを浮かべてそう静かに言う夏音に、私は目を伏せて黙る。
「…ヒデの気持ち聞いて驚いたでしょ?柚姫、鈍感だから」
夏音はふふッと頼りない笑いを零す。
「でも…ヒデの気持ちには答えられないよ。柚、優磨を弟だってブレーキかけてたの。でもね、ヒデに抱き締められて分かった…優磨じゃないと柚は嫌だ…弟としてじゃなくて」
そこまで言うと、夏音がにこりと微笑んで、よく出来ましたと頭を撫でてくれた。
優磨の低くて優しい声が好き。優磨が私に触れる度に私の胸は高鳴って。穏やかな笑みを浮かべて私に微笑みかけるあの顔も、いじけた時の膨れっ面も、照れた時の恥ずかしそうな表情も、眩しいくらいのとびっきりの笑顔も。優磨の一挙一動で私の胸は掻き乱されて。だから私はいつからか弟だからと自分の気持ちをごまかして。本当馬鹿みたい。頭のてっぺんから爪先までこんなに優磨に支配されているのに…。
ちょうどよく鳴る昼休みのチャイムが学校中に響き渡って、夏音が私の背中をトンと押した。
「全部思ってることぶちまけてきちゃいなさい!」
私は夏音に笑顔で頷くと、優磨の元に走り出した。
教室や食堂、体育館、優磨のいそうな場所を探しても優磨の姿は見当たらなくて。息を切らせながら、壁に背をもたれて、天井を仰ぎ見ていると。
「柚姫…」
不意に掛かるその声にびくりと肩を震わす。
「…大丈夫、もう何もしねぇよ」
そう言うとヒデが悲しそうに笑みを浮かべる。
「…アイツならさっき学校から出て行ったぞ」
私は目を見張ってヒデを見つめる。
「俺のことは気にすんなって。打たれ強いんでね」
へへっと弱々しく笑うヒデに胸がチクリと痛んだけれど。ひらひらと手を裏返して私を促すヒデに心の底から感謝して、駅までの道を全速力で駆け抜けていく。
「優磨ッ!」
駅のホームでようやく捜し求めたその背中を見付けて。
「柚ッ!?…何だよ」
優磨は目を大きく見開いて何度か瞬かせると、すぐにまた睨むように目を鋭く尖らせた。
「あのね、柚、優磨に謝りたくて…」
「…何を?」
素っ気ない優磨の口調に涙が出そうになるのを堪えて。
「優磨は柚の弟なんかじゃないよ」
本当はね、薄々気付いていたの。弟って言われることを嫌がっていること。優磨がその度に寂しそうな目をするから。
「柚は優磨を弟として見れない」
「…柚はいつだって俺のこと弟としか見てねぇよ!」
優磨は苛立ったように声を張り上げて、でもほらね。その瞳は寂しそうに揺れている。
「だって…弟だったら優磨にもっと触れて欲しい、だなんて思ったりしないでしょ?」
肩をすくめてそう困ったように微笑むと、
「…本当に?本当にそう思ってるのか?」
優磨は不安げに眉をひそめ私の目を見つめて問い掛ける。それに黙ってコクリと頷くと、私を強く抱き寄せて。
「…俺わがままだし、自分勝手だし、柚にいっぱい迷惑かけるよ?」
「そんなの今に始まったことじゃないでしょ?」
「嫌になったって逃がさないからな…一生俺だけのものだから」
「なんなりと」
ふふッと私が笑みを零して、優磨を見上げると、優磨は頬を赤く色付かせ、甘くて長いキスが唇に舞い降りてきた。
こんなご褒美が待っているのなら、私は喜んで一生貴方の恋の奴隷になりたいと思う。