銀色雨傘U-1
その三日後、咲貴は再び少年と出会った。
断続的に降り続ける雨は、ときに激しくなり、かと思えば紗の布のように静かに舞い降りた。しかし、一面灰色をした空だけはいつまでも立ちこめ、人々の手足まで雨滴に重くしていくようだ。そして雨の間をぬうようにして、冷たく濡れた風が吹いてくる。今年の梅雨はいつになく寒い。
駅は学校帰りの学生や、仕事帰りの人間で混雑していた。そのせいで妙に温かな空気で満ちていたが、それもやはり湿気をはらみ、鬱陶しくまとわりついた。咲貴は足早に改札口へと向かう。足を動かすたびに、ズボンがまとわりついて気持ちが悪い。学校へ行く途中車に水をかけられて、それがまだ乾いていないのだ。このままでは風邪を引いてしまうだろう。一刻も早く家に着きたかった。
傘や鞄を下げた人々が、やや狭そうに改札口を通り抜けていく。咲貴もそれにならおうとして、そして思わず足を止めた。改札口の向こう、そう遠くない位置にあの少年が佇んでいたのだ。
後ろから誰かが咲貴にぶつかり、苛立たしげに何かつぶやいた。我に返った咲貴が慌てて改札口を通り抜けると、すぐに少年は駆け寄ってきた。三日前と同じ、白い雨傘を手にしている。少年は咲貴の手元を見て、意外そうな顔をした。口をひらく。兄さん、なんて呼ぶなよ。と咲貴は思った。
「なんだ。兄さん、傘持ってたんだ」
「………」
咲貴は黙ったまま歩き出した。しかしすぐに、袖を白い手に掴まれる。
「兄さん、一緒に帰ろうよ」
振り向けば、少年は咲貴の制服の袖を掴んで離さない。彼を兄であると信じきっている黒い瞳に、咲貴は軽い怯みを覚えた。
「僕はきみの兄さんじゃない」
「またそんなこと言ってるの?火曜日だってそう言って、僕を置いて帰ったよね」
少年は本気で腹をたてたようで、袖を掴む力が強くなった。
こんな所で泣かれたり、癇癪を起こされては面倒だ。しかし、自分を兄と決め付けつきまとう少年に、咲貴もいい加減に嫌気が差している。濡れた制服が与える不快感と相まって、咲貴のいらだちは頂点に達しかけた。
「いい加減にしろ」
邪険に少年の手を振りほどくと、足早にそこを離れる。少年が追ってくる気配はない。階段を降りて出入り口に向かう。外は相変わらずの雨模様だった。駅舎から出ようと傘をひろげようとし――そこでようやく傘がないことに気づいた。まさか、と思い思わず振り向くと、すぐ後ろにあの少年が立っていた。
「う、わ」
思いがけないことに小さく声をあげてしまう。一体、いつ追いついたのだろう。そんな咲貴に少年は黙って傘を差し出した。咲貴の傘だ。