銀色雨傘U-2
「とったんじゃないよ」
うつむいたまま少年は呟いた。
「さっき、兄さ……落としたんだ、これ。……怒らないで」
言う端から、涙が頬を伝っていく。罪悪感の刃が、咲貴の心を浅く滑っていった。苛立ちも急速に収まっていく。反対に、少年は次々と涙をこぼし始めた。周りに人はいない。今ここで少年を置き去りにしても、誰も見咎めはしないだろう。しかし、咲貴の足はその場から動かなかった。もしこのまま帰ってしまえば、自分はきっと後悔するだろう。
……仕方ない。咲貴は身を屈め、少年と目線をあわせた。
「悪かった。もう君に怒ってないよ」
ここに置いて行くよりは、こうする方がいいだろう。
「家はどこ。……一緒に帰ろう」
少年は顔を上げると小さくうなずいた。もう涙も止まっている。背に手を当てて促すと、少年は涙をぬぐいながら、例の白い傘を広げた。風に飛ばされた小さな水滴が傘に着ついた。咲貴も傘を広げ、二人連れ立って歩き出そうとする。しかし、少年は再び歩みを止めた。
「どうかした?」
いぶかしむ咲貴に、少年は顔を向けた。
「変なの。兄さん、僕のこと先生みたいに『きみ』って呼ぶんだもん」
そうは言っても、咲貴は少年の名前を知らない。しかしここで名前を訊くのもためらわれた。
「名前で呼んでよ。いつもみたいに」
もしかしてこいつ、ワザとやってるのか。
咲貴の困惑をよそに、少年は無理な注文をする。数秒の沈黙の後、咲貴は、彼の名前をよんだ。
「……美咲」
少年は、ようやく笑った。