恋に似たもの-1
物理のテストが18点だったので頭にきて、くしゃくしゃに丸め、ベランダの手摺りに身を預けながら弄んでいたら、手が滑り、それは綺麗に落下した。
真下にある花壇の手前あたりへと。
わたしは、急いで頭を引っ込めた。
ちょうどその場所で、花壇を見ていた人がいるのを、知っていたからだ。
二月の、まだ寂しげな花壇を。
中腰のまま教室へ戻り、教卓に頬杖をつく。
この場所から教室を眺めるのは、なんだか不思議な気分だった。
誰もいない、放課後の教室。
テストには、クラスと名前が書いてある。誰が落としたかなんて、ぱっと見ただけでわかってしまう。
だけど、わたしは拾いには行かない。
放っておいても、もうすぐそれはここに届くから。
「村瀬、これ、きみのだろ」
予想通り、教室の前の扉が開き、背の高い、眼鏡の男が入ってくる。
手には、しわしわになった、わたしの物理のテスト。
「ありがと。岩ちゃん」
「岩ちゃんじゃなくて、ちゃんと先生って呼びなさい」
「堅苦しいなー。いいじゃん、岩ちゃんで。なんか可愛いでしょ?」
私がそう言うと、教卓に近づいてくる、岩ちゃんこと岩崎大吾は、何も言い返さずにため息をつきながら、微笑んだ。
名前に似合わず、風が吹いたら飛んでいってしまいそうな痩せた体をしている。
「こういうのは、捨てない方がいいんじゃないかな」
教卓の前に立ち、岩ちゃんはわたしに答案用紙を手渡した。
床よりも少し高い、黒板側に立っているわたしよりも、岩ちゃんの身長はまだ高い。
「捨てたんじゃないよ、落としたの」
わたしの答えに、岩ちゃんは手を口にあてて、「は」を三回並べて笑った。
「そう。名前の書いてあるテスト捨てるなんて、ずいぶん大胆だなあと思ったんだけど」
「点数が点数だし?」
受け取ったテスト用紙を、机の上でこつこつと叩きながら、わたしは言う。
茶色にしている長い髪が、一緒に揺れた。
「まあ、そこまでは言わないけど。村瀬は、理系にいるのに、物理、あんまり得意じゃないのかな」
まるで、小学生にでも話し掛けるような言い方だった。
いつも穏やかで気が弱そうなのに、変に度胸があるのか慣れなのか、授業ではわりと堂々としていることの多い人だった。
教えていた古文の魅力は、わたしには全くわからなかったけど。