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恋に似たもの
【青春 恋愛小説】

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恋に似たもの-2

「まあね。全然、理解できないの。一生かかっても無理かも」
 
わたしのせりふに、また、岩ちゃんは笑う。
 
「それはちょっと、大変そうだなあ」
 
「いいの。それでも、大好きだから」
 
本当だった。ちっとも理解できないのに、わたしは物理が全然嫌いではない。
 
「恋みたいだなあ、それ」
 
教卓に置かれたままの、私の物理のテストに目を落とした岩ちゃんが、それにそっと触れながら、ぽつりと呟いた。

「はあ?岩ちゃん、いきなり何言ってんの?」
 
「ごめん」

「しかもそれ、もうすぐ結婚式あげる人が、言うせりふじゃないよね」

「そうだね」
 
「なんか、孤独っぽいし」
 
「うん」
 
岩ちゃんが、頭をかきながら、困ったように笑う。
そういえば、彼は、笑っていないときも、笑ってるような顔をしていて、それをよくからかったっけ。

「さあて、帰ろーっと。岩ちゃん、元気でね。移動先の学校で、いじめられんなよ」
 
「はいはい。村瀬も元気でね。気をつけて帰って」

わたしは、物理のテストと鞄を持って、教室を出た。
 
岩ちゃんは、三月でこの学校を去る。
そして四月からは、新しい学校で、また教壇に立つんだそうだ。
しかも、可愛いお嫁さんをもらって。

この高校に入学したての頃、わたしはクラスになかなか馴染めないでいた。
偏差値の割りと高めのこの学校で、模範的な生徒の多い中、見た目の派手なわたしは浮いていた。
だから、休み時間は、暇を持て余して、いつもひとりでベランダにいた。
空とか、向かいの校舎とか、それから、いつも花壇を世話してる、若い教師なんかを眺めてすごしていた。
まさか、いたずら心でわざと落としたシャーペンを、その教師がわざわざ教室まで持ってきてくれるとは、思わなかったけど。

こちらを見上げた彼と目が合い、「取りにこい」ではなく、「持っていくよ」と言われたときは、とんでもないお人好しもいるもんだ、と驚いた。
 
今では、友達もでき、わたしはあまり一人ではいない。
だけど、ときどき、ベランダに出る。
空とか、向かいの校舎を見るためではなく。

昇降口を出て、岩ちゃんの世話していた花壇の前を通った。
園芸部から少し借りたという、ほんの小さなスペース。
春になったら、きっと色とりどりの花が咲く。
岩ちゃんが、ここでそれを見ることはないけれど。
 
視線を感じて、そのまま上を見上げたら、さっきまでわたしがいた場所で、岩ちゃんがこちらを見て、笑っていた。
いつもとは、逆。
改めて見ても、相変わらず頼りないルックスで、彼の新生活がやっぱり心配になってしまう。
 
「岩ちゃん!これあげる!」
 
わたしは大声で叫んで、手に握っていた物理のテストをまた丸めて、岩ちゃんに向かって投げた。
高くあがったそれは、少しずれて、だけど、岩ちゃんの伸ばした手の中にちゃんと納まった。
彼の驚いた表情は、ますます情けなさに拍車をかけている。


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