刃に心《第−2話・仁義なき恋愛〜後編》-4
「…そうです」
疾風は困ったように頭を掻くと言った。
その瞬間に、また千代子の瞳に涙が溜まる。
「あ、あの、言わなかった訳ではなくて言えなかったと言うか…」
疾風が困り始めたのを見て、千代子は自分がまた泣きそうなのに気がついた。
慌てて瞳を擦ると、再び疾風に視線を向けた。
「アタシは…正体をどうこう言うつもりじゃなくて…ただ、お礼が言いたかっただけなんだ…」
千代子はスッと立上がり、勢いよく頭を下げた。
「本当にありがとうッ!!」
千代子は恐る恐る顔を上げた。疾風はキョトンとしている。だが、それはすぐににこやかな笑みへと変わった。
「どういたしまして」
あの時と同じ笑みだった。唯一、違うのは顔がはっきりと判っているところだろう。
「ぁ…」
千代子は心が暖かくなるのを感じた。
同時に胸の奥に淡い痛みが走る。
痛みは鼓動に合わせ、始めはゆっくりと、徐々に強くなってゆく。
(ど、どうしちゃったんだろ、アタシ…)
一瞬、何がなんだか判らなかった。
しかし、すぐに自分の状態を把握できた。
(…そっか…)
探していた理由は憧れでも尊敬からでも無かった。
もっと単純で根本的なもの。
(アタシ…一目惚れしてたんだ…)
そう思うと痛みは心地よいものになった。
「あのさ…名前…聞いてもいい?」
もっと知りたい。
この人のことをもっとよく知りたい。
そんな気持ちが沸き上がる。
「忍足疾風と言います」
「疾風…」
その名前を呟いた。それだけで何故だか幸せだった。
「先輩は?」
「アタシは功刀千代子」
「功刀先輩ですね。そういえば、あの時はすみません…先輩だって知らなくてタメ口きいてしまって…」
「べ、別に気にするなよ!疾風ならタメ口でも構わないし。
…何なら…その…千代子って呼び捨てでも…」
むしろ、そっちの方が親しい間柄という感じがして、千代子としては是非とも推奨したいぐらいなのだが。
「で、できたら…親しい感じで呼んでほしい…
ホント、できたらでいいんだけど…」
そう言うと疾風はう〜ん、と唸り、考え込んだ。