刃に心《第−2話・仁義なき恋愛〜前編》-6
「あ、ごめん…」
「だ、大丈夫…ちょっとびっくりしただけだから…」
「じゃあ、行くよ」
その声とともに疾風は地を蹴った。千代子はギュッと両目を固く閉ざす。
頬を風が撫でていく。
何処をどう通ったいるのか判らない。
ただ、落ちないように手をしっかりと絡め、目を瞑っていた。
次第に荒々しい銃声は小さくなっていく。
「もう安全な所だよ」
千代子は薄く目を開いた。未だ疾風の背中、走っている最中である。
「えっと、落ち合う場所は…」
片手で千代子を支えながら、器用に紙を取り出す。
「ごめん、開けてもらえる?」
「あ、うん」
千代子は疾風から紙を受け取って開いた。
「アレ…此所って」
書かれている地図に覚えがあった。
「爺ちゃん家だ」
「本当?」
「うん…これならアタシがナビしようか?」
「なら、お願い。俺、地図とか読むの苦手なんだよね」
背負われているのと覆面で、表情は判らないが口調からすると苦笑いを浮かべているのだろう。
千代子もつられて微笑んだ。
「そこを右に曲がって…そしたら、今度は左」
千代子の言葉に従って疾風が駆ける。人気の無い道を選んでいるので、周囲には誰もいない。
疾風は角を曲がった。
「もう後は真っ直ぐ」
「ありがとう。助かったよ」
「…ど、どういたしまして…」
語尾が小さくなる。
千代子は疾風の肩に顔を置いた。
(この人…すごく暖かい…)
頬が熱くなるのを感じた。千代子は眠るように瞳を閉じた。心は不思議と安らぐ。
(何だか…ほっとする…)
こんな性格と家庭環境の為、最初から自分を畏れなかったのは疾風が初めてだった。
(…ずっと…このまま、こうしていた───)
「着いたよ」
千代子はビクッとなって身体を起こした。
見れば、大きな門が立ちはだかっている。
現在暮らしている場所では無いが、此所が千代子の育った家であった。
(着いちゃった…)
ポツリと心の中で漏らした。
疾風は千代子を降ろし、肩を支える。
そして、門をゴンゴンと叩いた。
「千代子!」
すぐに扉は開き、中から千代子の祖父、千秋郎が飛び出して来る。