刃に心《第−2話・仁義なき恋愛〜前編》-5
「大丈夫?」
そんな怯えを取り払うかのように疾風は穏やかに尋ねた。
「だ、誰…?」
「俺は君を助けに来たんだ」
そう言うと疾風は匕首で千代子を縛るロープを斬った。
「怪我は無い?」
自由になったものの、呆然と座り込んでいる千代子に問い掛ける。
千代子はコクリと頷いた。
「痛い所は?」
今度は首を横に振る。
それを見て疾風は微笑んだ。
千代子には目許しか判らなかったが、そこには暖かな笑顔が浮かんでいる。
「!」
不意に心臓が跳ねた。しかも何度も。それに何だか熱に浮かされているような感じもする。
「立てる?」
「へっ…あ…うん」
差し延べられた手を握り、力を込めるが上手く立ち上がれない。
「ごめん…力が…ろくな物食ってなかったから…」
安心感からか、空腹を思い出した。誘拐されてから与えられた食事はパン一個と水という非常に粗末なものであった。
「だったら、こんなのあるけど」
疾風は此所に来る前に買ってあった板チョコを取り出した。
包みと銀紙を破り、食べやすい大きさに砕く。
「食べる?」
「あ…りがと…」
おずおずと手を伸ばし、板チョコを受け取る。
それを口へ入れた。
「あ…」
ふっと甘い香りがして、チョコは口の中で溶ける。
同時に緊張の糸が切れたのか、千代子の瞳から涙が零れ落ちた。
「怖かっ…た…怖かったぁ…」
子供のように泣き出した千代子の手を疾風は何も言わず握った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
千代子が落ち着いてきた頃を見計らって、疾風は背を向けた。
「乗って」
まだ、銃声は響いている。千代子はためらいながらも両手を疾風の首に回す。
「ヨッと…」
「ひゃっ!」
勢いをつけ、疾風が立ち上がった。千代子は思わず声を出した。