刃に心《第−2話・仁義なき恋愛〜前編》-3
「忍装束と得物はあるな?」
「ああ」
疾風は懐に手を当てた。いつも持ち歩いている匕首と苦無の堅い感触が伝わる。
「依頼、承りました」
忍装束に着替え終わり、眼鏡を外した疾風が言った。
しばらくして車が止まった。寂れた郊外にある倉庫街。
二人を降ろすと、車は去っていく。スピードを上げないところを見ると、やはり後ろ髪を引かれる思いなのだろう。
「相手は20人以上いる。その内の2人が孫娘の監視についているらしい。俺が正面を潰すから、その隙に残りを片付けて、人質を助けろ。落ち合う場所は此所だ」
一つの倉庫を睨みながら、才蔵は一枚の地図を渡した。
「じゃあ、いくぞ」
「了解」
シュン…と二人の忍の影が消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
薄暗い倉庫の中のさらに薄暗く埃に満ちた一室。
大きさは学校の教室程。辺りには約1メーター四方の木箱が数個打ち捨てられていた。
「むー!むー!」
その部屋の中で鉄柱に縛り付けられ、口には猿轡を噛まされた少女がもがいている。
第十代目功刀組組長、功刀千秋郎が孫娘、功刀千代子である。
茶色の髪は乱れ、顔には疲れが見えているが、それでも、その瞳は剣呑な光でギラついていた。
その姿はまるで罠に掛かった手負いの獣のようである。
「静かにしやがれ!」
一人の男が怒声を上げる。その手には黒々とした拳銃が冷たく光っていた。
千代子はは威嚇するように男を睨んだ。
「テメェも静かにしろ」
木箱に腰掛けたもう一人が低い声で呟くように言った。その手にも銃が握られている。
「だって、コイツすげぇ生意気なんですよ」
話し方から、どうやらこっちの方が格下らしい。
「いっそ、やっちまいますか?」
男が下卑た笑みを浮かべる。
「大人しくしてろ。テメェの仕事は見張りだろ。余分な事すんじゃねえ」
ギロリと睨み付ける。
冷たいその視線に格下の男は黙った。
「それに…」
格上の男が千代子の身体に視線を這わす。
とは言っても、スットーンッと簡単に通過し、釘付けになる所は無い。
「テメェはこれでいいのか?」
何処か憐れむような口調。
「む───!!」
(ざけんなあ!!)
この誘拐生活の中で千代子が一番ムカついた瞬間だった。
ガツンガツンと身体を盛大に揺らし、その怒りをアピールする。