百物語-1
――……怖くなって、布団の中でうずくまってたわけよ――
ケンジは雰囲気をだすためか、ことさらに低い、小さな声で話していた。それを聞くぼくたちも静まりかえっていて、部屋はケンジの声以外完全に静寂に包まれていた。
――でもさ。そいつがすぐとなりでおれを見ているってのが気配でわかるんだよ。こう…布団のすぐ横にじっと立って、おれを見下ろしてんの――
まったくケンジの話し方はムード満点で、ぼくはゴクッと唾を飲んだ。
真っ暗な部屋に浮かび上がる三本のロウソクの光。それに照らされてかすかに見えるケンジの顔は、なんだかやけに恐ろしく思えた。
――おれはやめとけばいいのに、つい布団から顔を出して、見ちゃったんだよそいつを。そしたら…――
ケンジはそこで一旦溜めて、言った。
「お母さんがいた」
「え?」
ぼくは思わずそう口にだして言った。話しの盛り上がりから、最後のオチがくると身構えていたのに、これじゃあ拍子抜けだ。
みんなもそう思ったらしく、なんだかしらーっとした空気が漂いはじめた。
しかし、ケンジの話はこれで終わりじゃなかった。
「おれは思わずずっこけたね。だってずっとお化けかなんかだと思ってたのが、母さんだもん。だからおれはちょっと拍子抜けしながら聞いたんだ。『母さん、なにしてんの?』って。そしたら…」
言った。
――母さんはこう言った。…『マた、あしタも、くルヨ…』って。もうとても人間とは思えない声でね――
そう話すケンジの声も、やたらに高い裏声で、ケンジの声とは思えなかった。ぼくは油断してただけに、かなりびびってしまった。
――次の日母さんに聞いたら、全く覚えてないって言うんだ。まさか寝ぼけてたとは考えらんないし…。あれは、なんだったんだろうね…――
そう締め括ってケンジは自分の前のロウソクの炎を吹き消した。これで九十八本目のロウソクが消えた。
残り、二本。
「次は私の番ね」
ぼくのとなりにいるマミという女の子がそう言うと、全員が彼女に注目した。
頼りない炎の光と、真っ暗な闇の中、彼女は語りはじめる。
「私の話は、ある西洋の国を旅した人の話…」
――…ある男が、西洋の豪華なホテルに泊まっていた。この男は旅行者で、その国を観光している途中なのだ。
男は夜、ホテルのベッドで眠っているときに夢を見た。
夢の中で、男は街の大通りを歩いている。回りに人はいなくて、靄みたいなものが満ちている。
しばらくすると、急にむこうから車がやってくる。そして、男の前で停まった。
黒い色と、十字架。それは、霊柩車だった。
そして、霊柩車の運転席から、やけに痩せた男がでてきて、こう言った。
『もう一人、乗れますよ』――
まるで本を読むみたいに、マミちゃんは話す。なんだか機械が話しているようでもあった。
――そこで男は目が覚めた。
なんだったんだ?今の夢は…。
彼はそう思ったけど、あまり深く考えないことにして、ベッドから起きた。
朝食を食べようと、男は部屋をでた。そして、一階のカフェに行くためにエレベーターを呼ぶ。
しばらくして、やってきたエレベーターはほぼ満員だった。男は乗れそうにないから止めようとしたけれど、その時、だれかが言った。
『もう一人、乗れますよ』
驚いて男はそちらを見る。エレベーターの階数ボタンのすぐ前にいたその人物は、間違いなく夢にでてきた男だった。