百物語-2
『…いえ。けっこうです…』
男はなんとなく乗る気がしなくて、エレベーターを見送った。
自動のドアが閉まる。
やがて、完全にドアが閉まった時、ガコンといい聞き慣れない音がした。
そして、なにかが落ちる音。衝撃音。
後に男は、そのエレベーターが落ちて、潰れたことを知った。もちろん乗客は全員即死。
…もし、あの時、男がエレベーターに乗っていたら…――
マミちゃんは言い切らない形で話を終え、ふっとロウソクを消した。
いよいよ、最後の一本。
これで、百物語も終わりだ。
「次で最後だな。最後、だれだ?」
だれかがそう言った。
「ぼくだよ」
ぼくは手をあげた。そう、最後の話し手は、ぼくなのだ。
「これで最後だ。とびっきり怖いの頼むぜ!」
ケンジが言った。
ぼくは一度小さく息を吐いて、語りはじめた。
――ある学校の生徒が、ある日、肝試しをやろうってことで、クラス全員で学校に忍び込んだんだ。各自ロウソクと、怪談話を用意してね。そう、百物語をやろうとしたのさ――
全員が黙ってぼくに注目しているのが、暗闇の中でもわかった。
ぼくの話は、最後に相応しい話。
――教室に忍び込んだ彼らは、百本のロウソクに火をつけた。もちろん真夜中だから、他にはなんの光もない。真っ暗さ。――
――怖い話が一つ語られるにつれて、炎が吹き消される。そして、暗闇が広がっていく。そうして百物語は続いていったんだけど、とちゅうで、あることが起こった――
――地震が、起きたんだ――
一瞬、空気が変わった。張り詰めた緊張の糸が、指で弾かれて小刻みに震え出すような具合だ。
かすかに聞こえていたみんなの息遣いさえ、遠くなっていくように感じた。
ぼくは話を続ける。
――けっこう大きな地震でね、老朽化していた校舎は崩れ落ちた。生徒たちは、一人を除いて全員死んだ。瓦礫の中、たくさんの死体が転がった――
ふっと、静寂が訪れた。沈黙なんて静かさではない。一切の音のない、静寂が。
それでも、ぼくはひたすら話し続けた。
――助かった一人というのは、トイレに行っていたヤツなんだ。トイレは崩れ落ちた部分からは外れたところにあったから、彼は助かった――
――助かった彼は、とにかく地震がおさまるのと同時に教室に急いだ。そこで彼は、驚くべきものを見た――
自分の声が震えているのがわかった。でも、ぼくは話した。
――そこには、頭から血を流して、それでも百物語を続けるクラスメートたち。彼らは自分が死んだことに気付いていなかったんだ――
――彼はどうしても言えなかった。みんな、もう死んでいるんだと。だから…――
そこから先を続けられずに、ぼくは泣き出してしまった。
けれど、だれ一人そんなぼくに、声をかけてはくれなかった。
ぼくは泣きながら最後のロウソクを吹き消した。
どれくらい泣いていたのか、やがて空が明るくなりはじめた。
教室が光に照らされる。
いくつもの瓦礫と、ロウソクと、死体に囲まれて、ぼくはいつまでも泣いていた。