『Lactic acid~1』-2
「宮田と上川は課題が溜まってやばいらしい。桜は一身上の都合だそうだ」
「なんだよそれ。俺も課題なんて溜まりまくりだっての」
本当だった。いつものことながら、課題は夏休みの最終日にまとめてやると心に決めていたんだ。
「もう8月26日だもんな。皆忙しいんだよ」
「確かに・・・でも、桜は絶対女だろ?」
「はは。たぶんな」
たぶんなって。こいつはそう言うやつだ。自分はとことん陸上馬鹿なクセに他人にはすこぶる甘い。他人には流されないから、自分のモチベーションには影響ないようだ。それだけでなく、こいつは皆が皆目標が一緒なのはありえないと考えているようだ。
「じゃあ、今日の練習は終わり。次は・・・いつだっけ?木村?」
平賀が涼子の方を見ながら尋ねた。
「次は・・・土日をはさんで29日。午後練の日ね」
涼子は何も見ないでスラスラと答える。マネージャーとしては認めたく無いけど合格だ。
「らしいです。じゃあ、ありがとうございました!」
平賀の声に続いてみんな挨拶を交わす。1年はグラウンド整備に向うが2年はそのまま部室に直行だ。俺と平賀は並んで部室に向った。
「シュン。コンビニよってこうぜ」
「おう。いいな」
「えーコンビニよるの?じゃあ、私も!!」
遠くの方で涼子の声が聞こえた。あいつも来るのかよ。帰る方向が一緒だから仕方ないけど。
俺たちは部室に入る。相変わらず乱雑だ。スパイクや着替え、エロ本までもが散乱している。女子の部室とは大違いだ。しかも、若干臭い・・・。俺は着替えながら平賀に話しかけた。
「お前さ、今季のベストいくつだっけ?」
「えっと、47秒38だけど?」
47秒38。本当はその数字を知っていたのだけど、何となく自分が平賀の記録を覚えていることを知られると、意識していると思われるんじゃないかと思って自分からは口に出さないでいた。平賀の記録は俺より2秒以上速い。こいつは2年にもかかわらず、インターハイの準決勝までいった。俺は、県予選で惨敗。昔から本番に弱かった。いや、それよりも、俺は若干限界を感じていたのかもしれない。中学の頃、県チャンピオンになってから、タイムが2秒しか縮まっていない。早熟は伸びないって言うし、内心平賀の才能に嫉妬していた。
この星辰高校陸上競技部は部員が少ない。短距離が15人、中距離が5人、長距離が8人、投擲が3人、跳躍が3人の34人だ。しかも、3年生が抜けた今は計20人しかいない。この規模で平賀俊介のインターハイセミファイナル進出は創部以来の快挙だった。
新学期。9月は特にレースはないがこの時期は大事な時期だ。10月に新人大会が控えている。夏の練習の成果が試される。
しかし、高校ではこの時期に体育祭が行なわれる。3年生は夏休みから準備を進めていたらしい。陸上部は棒倒しなど怪我率が高い競技の出場は禁止されている。その代わり、陸上部ということだけで、100mは必ずエントリーさせられる。
新学期最初の練習の後、俺はさりげなく平賀に尋ねた。
「シュンは、体育祭何か出るん?」
「んー、100mだな。めんどいけど。お前は」
「俺も、100m」
「よし、じゃあ、勝負な」
平賀俊介はTシャツから首を通しながら答えた。
俺はこの勝負は密かに自信があった。400mは体力が持たずに負けるけど、単純にスピードだけなら、平賀俊介と張り合えると思っていたからだ。俺は普段の試合以上にやる気に満ちていた。
つづく