「君の趣味って何?」-1
「君の趣味って何?」
放課後の部室、突然そんなことを聞かれた俺はため息をついた。
今日はまっすぐ家に帰ろうと思い、中身が空っぽのカバンを肩に掛けた矢先のことだ。
「すまん、今日は疲れてるんだ。明日にしてくれないか?」
「明日になったら忘れちゃうかも知れないから今話そうか。もちろんここでね」
そう言ってそいつは二つのパイプ椅子を準備した。そして座り、
「先に僕の趣味から話そうか」
「いや、聞きたくない」
その上興味もない。
だが、突拍子もないことを言い出したこいつはお構いなしに続ける。
「僕の趣味は……やっぱり君から話してくれないかな?」
どうやら何も考えていなかったらしい。あるいは無趣味なだけなのか。
「そうだな。俺の趣味は今この場から逃れて、さっさと家に帰ることだな」
「それは趣味じゃなくて願望だね。話がずれてるよ」
その通り、俺の願望さ。よく分かってるじゃないか。
パイプ椅子を折り畳み、そのまま部室を後にした。扉の向こうから何やら文句のような声が聞こえるが無視。できるだけ速く歩いた。いや、逃げたの間違いかもしれない。
さすがに追い掛けては来ないだろうと思い、後ろを振り向くと阿呆が全力で走ってくるのが目に入った。そして追いつくと、俺の肩を掴んで息を切らせる。どうやら体力は皆無らしい。
そいつは深呼吸をして、
「ひどいなあ。まだ話の途中だよ」
満面の笑みで言った。阿呆は体力の回復も早いらしい。
「先に一つ聞くけど、人の趣味なんて聞いてどうするつもりだ?」
「部長たる者、部員の趣味くらいは知っておかないとね」
もうすぐ引退だというのに何をいまさら。それにそういうことは後輩に聞いたほうが良いんじゃないだろうか。
俺は本日二度目のため息をついた。
「あのな、俺はそんなことを聞くのは筋違いだと思うぞ」
言うと同時に肩を落とす。
「え、何で?」
そいつは驚いたような顔で聞いてきた。
「別に理由があるわけじゃないけど……。俺の趣味なんて全然普通だぞ」
「別に構わないよ」
「じゃあ言うぞ。俺は無趣味だ」
「は?」
二人とも黙り込んだまま見つめ合った。けっしてロマンチックな雰囲気ではない。
カラスが俺たちを嘲笑うかのように鳴いた。
「フフ、アハハハ」
そいつは突然笑いだした。俺の馬鹿馬鹿しい答えか、それともグッドタイミングなカラスの泣き声のどちらかがツボに入ったのだろう。
「そんなに笑うことか?」
そいつは笑いを堪えながら言う。
「笑わないのは君の感性がおかしいからだよ。アハハハ」
さっきの静けさはどこへやら。
目の前では一人の男が爆笑しているのに対し、俺は仏頂面で立っている。傍から見ればずいぶんと滑稽な場面だろう。
偶然、近くを通りかかった女子が不審者を見るような顔でこっちを見てきた。「怪しくないよ」との意味を込め、出来る限りの笑顔で手を振ったところ、その子は風のような速さで逃げていった。完全に顔を憶えられただろう。
「おい」
腹を抱えて笑っているそいつは顔を真っ赤にして、
「あーよく笑った。これは今年のグランプリ候補の爆笑ネタだね」
何のグランプリだか……。
「人に見られたけどいいのか? あること無いこと言い触らされるかもしれないぞ」
「別にいいんじゃない? やましいことをしてることをしてたわけじゃないんだからさ」
確かにそうだが、あの目は「悪事を見た」というより「変人を見た」って感じの目だった。
それにしてもこいつのプラス思考はどこから湧いてくるのだろう。若干、ネガティブ思考な俺からしてみれば、少しはあやかりたいものだ。