夜明けの雨-2
* * * * * * *
事業に失敗した父は多額の借金を抱えていた。
そして、七歳だった私を連れて地下鉄の線路に飛込もうとしたのだ。
私は、泣いて暴れて父の腕にすがって引き止めた。
大声で泣き叫ぶ私に手を焼いた父は、その日は死ぬことを諦めたらしい。
三人兄弟だったのに、あの日父親は私だけを連れ出した。
私はいらない子だったのかもしれない。
体の弱い私を不憫に思ったからかもしれない。
私だけを道連れにしようとした理由を一生父に確かめるつもりはないけれど、それは長い間私を苦しめ続けた。
いや、今も私を苦しめている。
あの日の夜、死ぬことを諦めた父と私はシャッターの下りた地下道の入り口で夜を明かした。
新聞紙を敷いて、まるでホームレスのように。
街灯の光も届かない真っ暗な地下道。
あれは本当の暗闇。
でも、眠ったら、私を置いて父は一人で死にに行くかもしれない。
そう思って私は一晩中、暗闇の中で父にしがみついていた。
結局、父と私は翌日家に帰った。
* * * * * * *
『今、お父さんは?』
『死のうとしたのが嘘みたいに元気にしてる』
『そうか、良かった』
なんだか涙が溢れそうになって、私は貴方の胸に額を押し付けた。
私の髪にゆっくりと指を通しながら、貴方が話し始める。
『なぁ……、
夜明けの前が一番暗い って言葉知ってる?
昔うちにあった日めくりカレンダーに書いてあったんだ。
格言なのか、著名人の言葉なのか。
子供心に、やけに印象に残った。
10歳の時、親父に連れられて初めて山に登った時にも、その言葉を思い出したよ。
夜明けと共に登り始め、一日目の日没前に八合目にある山小屋に辿り着く。
そして仮眠を取って二日目の夜明け前に山頂を目指すんだ。