銀色雨傘T-2
「そんなこと言っても、だまされないよ。どう見たってサキ兄さんじゃないか」
少年の兄と咲貴は同じ名前であるらしい。顔も似ているのだろうか。咲貴は周囲を見回してみたが、それらしき人影はどこにも見えない。しかし、この少年が思い違いをしていることは明らかだ。
「君、名前は?」
「何言ってるの、兄さん。いい加減にしてよ」
「……僕は確かにサキだけど、工藤咲貴だよ。君の名字と違うだろう」
「クドウはお母さんの姓じゃないか」
少年は子供らしい苛立ちをこめて咲貴をにらむと、そのまま口を引き結んで黙ってしまった。少年の白い顔は、少し蒼ざめて見える。咲貴はそっと溜息をついた。この子は少しおかしいのかもしれない。これ以上付き合うつもりはなかった。
「……あのね、僕は本当に違うんだ。人違いだよ。お兄さんを探してるんなら、ほら、あそこに駅員さんがいるだろう?あの人に頼んでみな」
駅員が人探しをしてくれるか知らないが、咲貴は少年の返事を待たず外へ出た。思ったよりも雨は激しい。制服に次々と雨滴が吸い込まれていき、すぐに全身を隈なく濡らし始めた。
一つうまくいかないと、全てうまくいかない。本当に。
点滅を始めた横断歩道を走りぬける。何となく振り返って駅舎の方を見た。強まる雨のカーテン越しには、あの白色を見つけることはできなかった。