返せなかった赤い傘:後編-3
そして、一週間後…
「荷物、私が持つね。まだ退院したてなんだから、無理しちゃだめよ」
「分かってる。今日こそお前達が北海道に旅立てるんだ。悪いけど今度は空港までついて行けないな…」
「当たり前じゃない。あ、雨止んだね。じゃあ…私、行くから。」
「パパ行ってきます!」
「おう、行ってらっしゃい…」
今度はちゃんと見送れた。
俺はとても満足そうに、紅茶を飲んだ。…未練は、もうないんだ。俺はゆっくり歩きながら、玄関に飾っている花の水を入れ替えた。すると、玄関に赤い傘が置いてある事に気付いた。
「…コレは、紗耶香の…」
外を見るとまだ雨が降っている。
あぁ、結婚する前にちょうど同じ事があったなぁ…。
アイツがこの傘を俺の家に忘れて、その日はちょうど雨で、俺が車で駅まで届けに行ったんだ。
《オイ!!》
《わっ、な…ビックリした》
《ハァハァッ…傘、忘れてただろ…?》
《無理しちゃって…。大丈夫なのに》
《だけど…ありがとね…》
あの頃と同じ気持ちで、俺はいつの間にか赤い傘を手に持って、車に乗っていた。外に出るなとの医者の警告なんてもう頭に入っていなかった。
空港行きの電車が出るまで、あと20分…。
俺はフルスピードで街を駆け抜けた。夢中だった。信号すら俺には見えやしない。ただ、あの頃の俺が、アイツの傘を届に走っているんだ。
駅まであと少し…急に車のスピードが落ちた。燃料切れだった。
急がないと…
俺は時間に間に合うために車も捨てて走りだした…。
一体どこにそんな力があるのだろうか…。
息が切れたって、前が見えなくなったって、走り続けた。人の声を頼りに走り続けた。アイツとの思い出の赤い傘を手に持って…。