返せなかった赤い傘:後編-2
「あのさ、一応言っておくけど、最近咳っぽいのは、少し肺炎気味だからなんだ。知ってるか?マイコプラズマっていう軽い肺炎…。」
「…聞いた事ならあるわ。」
「すぐに治るみたいだから、お前は心配しないで北海道に行くんだよ。」
「でも、夏ごろからあなたの元気な姿、ホントに見たことない…。」
やはり、妻はこんな言い訳じゃ納得していないようだった。
「…考えすぎだよ。」
俺はそう言って、またラジオをつけた。
今日、妻達が空港から北海道に旅立つ。俺は薬を飲んでから、羽田まで妻達を送った。
「パパ、僕初めてヒコーキ乗るんだよ!」
「周市、ヒコーキの中で泣くんじゃないぞ」
俺はほほ笑んだ。
「じゃあ…行って来るね。夏になったら一度帰ってくるから。」
「分かった。気をつけてな…」
俺は家族を抱き締めて、しばしの別れを胸に、空港から去ろうとした。
すると、急に目の前がぼやついて、意識が薄れていった…。
バタン…
空港で倒れた俺に周りの人達が驚いている。騒ぎに気付いた妻は、手に持っていたバッグを下ろし大急ぎで俺の所に駆け付けた…
「あなた!!」
気付いた頃、俺は病院の中にいた。ベッドの側にいる妻が、俺の手を握り締めていた。
意識はちゃんとある…が、体か思うように動かなかった。頭が痛い。それよりも…
「目が覚めたのね…。具合はどう?」
「あぁ…紗耶香か…。北海道には…行かなかったのか?」
「あなたを見捨ててなんていけない…。お医者様が言ってたわ。あと一週間くらいしたら、退院できるって。きっと疲労がたまりすぎたのよ…」
「…そうか。…そうだな」
俺はそう言ってまた目を閉じた。また来るからと言って、一時妻は家に帰った。その後、医者が病室に入ってきて、俺に言った。
「…お前の命、もう長くはないぞ。覚悟はできているか?」
窓から悲しい夕日が医者の体をぼかして映している。こうもマッチした雰囲気だと、精神的に痛々しい。
「…そうか。やっぱ時間なんてなかったのか。でも、またアイツらの顔が見れてよかった。」
「なるほどな…。まぁ、今の医学じゃあお前の寿命を伸ばす事はできない。死に場所はお前が選べ。ただし、どこに行くにしろ無理はするなよ。死が近くなるだけだ…」
「ご忠告ありがとよ。それなら、場所は決まっているさ…」
痩せこくった俺は静かにほほ笑んだ。