恋人達の悩み2 〜Double Mother〜-7
誰も上がって来ない事を確認すると、龍之介は安堵のため息をついた。
「あ〜……びっくりした」
「ごめ……」
違う意味で真っ赤な顔をした美弥は、はだけた服を整えながらそう言う。
「いや、僕のミスだから……」
服の袖を繕う手間を、面倒臭がらなければ良かっただけの話なのである。
その時、誰かが上にやって来た。
トントン
ドアをノックした後、声がかかる。
『龍之介』
竜彦だった。
「どうぞ」
声をかけると、竜彦が顔を覗かせる。
「あ〜……飯の準備が出来たから降りて来い。それと美弥ちゃん、先に行っててくれないかな?」
「あ……は、はい」
竜彦と擦れ違いざまに、美弥は小声でフォローをしておいた。
「あの……龍之介君は、悪くないですから……」
「了解」
スリッパの音がして美弥が階下ヘ行くと、部屋に入った竜彦はにっこり笑って弟を見る。
「バカモノ」
言ってこつんっ、と龍之介の頭を叩いた。
「誘惑に負けたな?」
「たは……」
腰周りにタオルケットを被せて誤魔化している龍之介は、軽いゲンコを苦笑いと共に受け入れた。
「盛りのついた猫かお前は?」
「いやぁ……抱っこしてたら盛り上がっちゃって、つい……でもほら、声を殺す努力はしてたんだから、そこは認めてよ」
龍之介は、美弥に食い破られた肩の傷を垣間見せる。
簡単に処置をしたので、傷は既に塞がっていた。
「パァかお前はッ!?」
竜彦はげいんっ!と龍之介を殴る。
「アレが下にいる時に、どぉして美弥ちゃんをそこまで乱れさすっ!?というか、少しは理性を働かせろおッッ!!」
げしげしと弟の頭を殴った竜彦は、ため息をついた。
「俺がわざわざ有休使ってまで母さんを出迎えたのは、お前をぶん殴るためじゃないぞ」
「ん……反省してます」
負担は二人で半分こ。
竜彦が有休を取ったのは、龍之介との間に口には出さない暗黙の了解があるからである。
「あら、口に合わない?」
巴の作ったご馳走を前にして、美弥は食欲がなかった。
「あ、いえ……おいしいです!」
美弥は慌ててご馳走にかぶりつく。
――気になる事があって、美弥は食事がおろそかになっていた。
気になる事とはずばり、ショーツを穿いていない。
肌を触れ合わせる事になってもさっさと脱ぐだろうと思っていたので、たっぷり濡らしてしまったショーツの代えを持って来ていなかったのである。
十数年の間まさしく肌身離さず傍にあった物がない訳だから、落ち着かない事この上ない。
竜彦は何となく理由を察しているし、龍之介はむろん理由を知っている。
おかげで三人は揃って黙り込み、巴一人が妙な顔をしていた。
「――やっぱり、ダーリンも帰って来た方が良かったわよねぇ」
食後のデザートを食べる頃になってから、巴が言う。
「龍ちゃんが女の子に触れるようになったなんて知ったら、お仕事もはかどると思うなあ……」
「触れるのは、美弥だけだってば」
食後のデザートは竜彦が腕を振るい、フルーツカクテルとバニラアイスが出されていた。
「母さんに触ったら、たぶん吐くよ」
「分かってるわよぉ。だから帰って来た時も龍ちゃんには抱き付かなかったじゃな〜い」
巴が美弥を羨ましそうに眺める。
「い〜なあ。龍ちゃんに触れるなんてぇ」
「え……」
舌の上で蕩ける極ウマのバニラアイスへ夢中になっていた美弥は、話の矛先がいきなり自分へ向いたので慌てた。
「え?え?」
「何で龍ちゃんに触れるのぉ?」
「え〜……何で?」
美弥は龍之介に助けを求める。
母親でさえ触れる事を許さない龍之介の体は何故、美弥の接触を許すのか。
「あ〜……やっぱり、『特別』ですから。ハイ。」
顔を真っ赤にした龍之介の言葉に、巴と竜彦はわざとらしく首を振る。
その仕草がそっくりで、美弥はようやく巴が竜彦と血が繋がっているという事実に納得がいった。