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はーもにか
【純文学 その他小説】

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はーもにか-1

昔、あるジャングルの奥の小さな村に 一人の男が迷い込んだ。

男は音楽が好きで、いつもハーモニカを持ち歩き、気晴らしにそれを吹きながら学校から帰っていたはずだった。
しかし気が付くと男の足下にはシダが生い茂り、頭上には名も知らぬ鳥が迂回している。
うっそうとした木々の中に、男はたった一人立ちすくんでいた。
男の足下には不気味な静寂と不安が層をなしてよどみ始めている。
男はその層をかきわけながら、当てもなくあるきはじめた。
自分が何者で、今までどこにいて何をしていたか等、もうとうに忘れてた。

木々の間を縫うように河が流れている。
その河のほとりに、一人の老婆が座っている。
老婆は真っ白な髪を頭の後ろで一つに束ね、大きな岩に腰掛けて空を眺めていた。
その姿はまるで、はるか昔からそこに根付いていたように見える。
河の上流では、滝が静かな音を立てて流れている。
男はその光景をしばらく眺め、やがてハーモニカを吹き始めた。
水の流れる湿った音とハーモニカの乾いた音だけが響いている。
ハーモニカの音は、いつもよりも澄んで聞こえた。
老婆は男を振り向き、しばらくして『それはなんだい』と尋ねた。
小さいがよく響く声だった。
まるで何かの楽器の音色みたいだと男は思う。
『ハーモニカという楽器です』と男は答える。
けれどその声はかすんで、彼女の耳に届いたかわからなかった。
彼女はしばらく男の手に握られている銀色のハーモニカを眺めていた。
しかしそれは、ハーモニカではなく別の何かを見ているのかもしれなっが男にはわからなかった。
『ハーモニカ 吹けますか?』と男は咳払いをしてから尋ねた。
老婆はゆっくりと顔をあげ、男とは別の方向を凝視しながら、『わからない』と答えた。
男は彼女の視線の先に目を向けたが、そこにはただの虚空があるだけだた。
彼女は『吹けない』とは言わずに『わからない』と言った。
そう、確かにわからないのだ。わからない事ばかりだ。と男は思う。
けれど、それはそれでいいのかもしれない。
男もまた、太古からそこに居たかのようにその場に立ちすくんでいた。


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