be dazed-自失は禁物--1
なんだよっ
自分ばっかり
ふざけんなっっ!!!!
気が付いたら駆け出していた。
眼からは呆れ返って涙も出ない。
いや。あんな奴のために流す必要ないんだ。
風の冷たい昼下がり。
中里 宇香(ナカザト ウカ)は何処かのビルの屋上のフェンスに掴まって虚空を見つめていた。
ただ、同僚――仲間だと思う灘明 紫苑(ナダアキ シオン)のことを考えて。
暗殺組織に務める宇香と紫苑は今日もまたあるターゲットを追っていた。銀行会社に務める20代後半の男。
表向きはこうだが、裏社会では一流の強盗犯。狙った獲物は逃さない。世界中で一番この台詞(ことば)が似合う男と言っても過言ではない腕前の持ち主だ。
近日、この男の務める銀行会社の社長が男の裏を知り次は自分の会社が狙われるのでは。となんだか血迷い、我が組織に暗殺を申し願ったのだ。
それで本日。暗殺決行日。私達も裏社会ではなかなか名の知れた暗殺組織なのでこの男を仕留められればまたかなり名は上がるだろう。
こんな大きな仕事をボスは私のチームに任せてくれた。だから、この一件に誠心誠意の気持ちでうちこんでいた。この仕事が無事終われば、私のチームの大手柄。それは、望んでいたこと。私の目標。夢。
だったはずだ。
はずなのに。
紫苑は全てを自分一人で解決させようとしている。
暗殺だって立派なチームプレイがあってこそ成り立つのに。判っているはずだろう。
しかし、あいつは聞かない。
自分勝手な行動ばかりとって。
きっと大手柄を独り占めする気だ。または――大手柄をとってあの美人で有名な女ボスに気に入られたい、とか…。
とか?
いや。気に入られたいだけだ。ちやほやされて、可愛がられて。欲しい、だけなんだ。
おかしい。
胸の奥が苦しい。ズキン、て。
あれ、どうして?
仕事には人一倍冷静な私がなんで今日はこんなに落ち着かない?
少しの気の緩みが、暗殺へのリズムを乱すのに。だから仕事場で、張り詰めた空気の中の仕事場で、感情的になっちゃいけないのに。
どうして。どうして?
紫苑の事を考えただけでこんなにも心臓が爆発しそうになって、紫苑がボスに気に入られたいって考えるだけで胸の奥が苦しくなるんだ?
静かな仕事場に私の声が響いた。
自分では何て言ったかさっぱり判らない。
胸の中のわだかまりが勝手に口から溢れ出たのだ。
気付いたら、走り出していたし。
何処のビルかも判らないこんな殺風景な屋上のフェンスにしがみ付いているし。
虚空見つめてるし。
紫苑の事、考えているんだ。
馬鹿な私は自分の気持ちに素直になれない。
いっそのこと、今この場で自害しようか。
私だって暗殺組織の一チームのメンバーだ。護身用の簡易銃ぐらい持っている。居たたまれない感情のまま楽にあの世に行こうか。
紫苑の考えから急に自害の事を思い至って、虚空から眼を離し虚ろな眼のまま太股にあるホルダーを見つめそこにある銃に手を伸ばした。
ホルダーから抜き出す。重量があって少し重く、手にしっかり馴染む漆黒のそれを空高く掲げ、そのままこめかみに銃口をあてる。指にかかる引き金を引いただけですごい爆音と共に一発の弾丸がこの銃口から飛び出て私のこめかみを見事に突き抜け、私を奈落の底へ落とす。
その快感を更に鮮明にするためイカれた私の脳はロシアンルーレットにしろと私に命令を下した。躰は反論しない。
言う通りにこめかみから銃口を遠ざけ7弾入っている弾丸の内、6つを屋上に撒き散らす。乾いた金属音がする。
最後に一発の弾丸の入ったそれを勢い良く回しながらセットする。
そしてまた、こめかみに銃口をあてる。
そうだ、それでいい。
脳がそう言った気がする。