屋上の死神-1
呼び出された真冬の午後、校舎の屋上……
直線的な日差しがコンクリートの細かくも歪な表面に照り付け、鈍く乱反射している。
昼を少し過ぎたばかりだというのに、空の色は既に夕暮れの気配を感じさせていた。
そして、その空を背景に制服の上に黒いコートを纏い、此方を醒めた眼差しで見つめながら佇む一人の少女。
二つに分けたセミロングの黒髪がビル風にも似た屋上の微風に揺れ、端正な顔立ちは微動だにしない。
屋上の縁に爪先で立つ彼女は、おそらく噂の死神。
増えすぎた人口を調整するべく、政府が考案した最新型のヒューマノイド。
実は僕は、彼女の事を良く知っている。
僕の通う学校の、同じクラスの窓側の席の後ろから二番目にいつも居て、毎日見掛けるけど笑ったところは一度も見た事がない。
いや、見掛けるというのは嘘だ。
僕は彼女を見ていた。ここのところ毎日……
多分、恋をしていた。
しかし今、目の前にいる彼女はその『彼女』ではない。
年に四人、校内よりランダムに選ばれた人間を、天国か地獄のどちらかへ送り出す死の宣告者。
「まさか、君だったのか…」
「そう」
囈の様な僕の問掛けに、彼女が冷めた視線のまま応える。
学校の……僕をとりまく社会の中で、こういった事実がある事は十分に知っていた。
ただ、自分には何処か関係の無い事の様に感じていたんだ。
なんとなく、なんとなく他人事の様に。
だが今、僕はそれに直面している!
そして、あと数分後に……
僕は間違いなく死ぬ。
「貴方はいつも私に優しい眼差しをくれていた……」
「……え?」
迫る危機に混乱する僕の耳に、彼女の言葉が突然響く。
「でも…ごめんね、任務なの。でないと、私が消えちゃうの」
その瞬間、彼女は佇んでいたその場所から飛び上がり、フワリと宙に舞った。
それと同時に、彼女から散った黒い何かが嵐の様に吹き踊る。
「これは鳥の……烏の羽根?」
瞬間の出来事。
黒色の嵐に目がくらみ、思わず顔を手で被い膝を地に着ける。
そして気が付くと彼女は僕の肩を抱きながら、目の前で僕を見つめていた。
「さよなら」
小さく動く唇に赤い眼球。
そして、そこから溢れた一筋の涙。
「待って!僕は、僕は君の事……」
死ぬ前に告げたい、せめて一言だけ……
必死に口を開き言葉を吐き出そうとするが声が出ない。
死ぬ事に対しての恐怖が僕の体を硬直させる。
「嫌だ、死にたくない」
薄れゆく意識の中で、自分の声がグルグルと回りながら消えていく。
そして全てが消えて、何かに辿り着きそうな触感を覚えた時、彼女の声が再び僕の耳に触れた。