刃に心《第19話・戦、始まりて…決戦編》-2
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「位置についてーよーい…」
銃声が鳴った。選手達が走り出す。
僅かに1年A組がリード。その背を2年E組が追いかけてゆく。
『さあ、始まりました女子スウェーデンリレー!先頭は1−A!1−Aが一位でゴールした場合、最後の障害物競争を待たずに優勝が決まってしまいます!』
バトンが第二走者に渡った。
その瞬間、霞が懐から手を抜き払った。
キィン、と澄んだ音が歓声の中で響く。
霞は横目で疾風を見た。同じように手を抜き払っていた。
コースの手前に二つの手裏剣が土埃に埋もれている。だが、人々はレースに集中しており、気付いた者はいなかった。
無言でお互いを牽制し合う。霞が腕を動かせば、疾風も逸早く反応する。
レースは間も無く第三走者にバトンが渡る。
バトンゾーンでは刃梛枷が静かに佇んでいる。
「く、黒鵺さん!」
第二走者の堂島圭織が走り出した刃梛枷にバトンを渡した。
刃梛枷はすぐに先頭を行く1年A組の選手に追いついた。だが、それを追い抜こうとはしない。涼しい顔で背後にピッタリと付いている。
これは武慶から事前に言われていたことだった。
『いいか?200メートルまでは相手を追い抜かさなくてもいい。ピッタリくっついてペースを乱してやれ』
その言葉通り、刃梛枷は真後ろに付いてプレッシャーを与えている。
相手は堪え切れずにスピードをあげる。刃梛枷も無言で付いていく。
相手は焦っていた。
極度のビハインドプレッシャー。思わず後ろを振り返ってしまった。
そこには、1メートルも無いくらいの距離で余裕そうに走る刃梛枷の姿があった。
一瞬の確認ではあったが、相手はそれに動揺し、さらにペースをあげた。
アンカーが待機するバトンゾーンまで後、半周。
トラック一周200メートルなので、残り100メートル。
そこに差し掛かった瞬間、それまでタタタ…と規則正しく鳴っていた足音が消える。
刃梛枷は音も無く相手に迫り、その傍らを過ぎてゆく。
『此所で2−Eがトップに躍り出たああ!かなり速いぞ!そしてバトンはついにアンカーへ!』
そんな実況を千代子は落ち着かない様子で聞いていた。
心臓はドキドキと跳ね、緊張している。
(落ち着け、落ち着くんだアタシ!)
チラッと横目で1年A組のアンカーを見た。
(コイツ確か、陸上部の1年エースだよな…)
名前は判らないが、見覚えはあった。
ひき締まったふとももは、如何にも走る為に鍛えられた脚といった印象を受ける。
(ここでアタシが負けたら…クラスも負けて…恋も…)
段々と思考がネガティブな方向へ移っているのに気付き、慌てて首を振った。
(大丈夫!疾風が見ててくれる!アタシは勝つんだ!!)
そう自分に喝を入れると、肩越しに後ろを振り返った。
間も無く、刃梛枷がバトンゾーンに差し掛かるところだ。
千代子はタイミングを測りつつ、走り始めた。
ゾーンぎりぎりのところで刃梛枷からバトンを託される。
千代子は正面を見据え、駆ける。