雪溶けて-4
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大きな病院にいると、救急車の音を聞かない日はない。
今日、何回目だろう。
この街では、雪が降ると救急車が出る回数が増える、気がする。
ぴしり、とした空気が、音を余計に際立たせる。
ほら、また―。
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「あ。」
病院までは、思ったより早く到着した。
消毒液くさい廊下が、白熱灯のせいで場違いなほど明るかった。
芳井が、俺に気づいてホッとした表情になった。
「先生、ごめん。沢野、たいしたこと、なかったらしい。でも、しばらく入院だって。」
手術は終わっていた。
芳井は、俺が来るのを待っていたらしい。
病棟へと続く廊下は、緊急外来と比べてひっそりとしていた。
雑然として、慌ただしい雰囲気はなく、ただただ静かだった。
すれ違う看護師が皆、忙しげに速足で歩く他は、緩やかな時間の流れをしているようだった。
窓の外に吹き荒ぶ雪は、昼間よりもひどい。
帰れるかどうか、今のところわからなかった。
雪を見ると、愛しい少女を思い出してしまう。
雪の深い街にいるはずの、彼女。
今、どうしているのか―。
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雪を眺めていたはずなのに。
救急車の音を聞いていたはずなのに。
何も見えず、何も聞こえない。
私は、どこにいるのだろう。
そっと―。
意識を手放した。
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沢野の怪我は骨折だけだった。
思ったより元気そうな沢野を見舞い、手洗いに行こうと病室から出る。
廊下が、先程とは違い騒がしかった。
医師が、看護師が、よくわからない器具を持って走る。
驚いて見ていると、今度は空のストレッチャーが運ばれていた。
ガチャガチャと、耳障りな音を立てるそれも、この喧騒にはなぜかふさわしく思えた。
邪魔にならないように戻った室内には、怪我以外は健康そうな男性がいる。
「もしかして、急変したのゆえちゃんじゃねぇかな。こないだ見たら、また痩せてた。」
「かもな。かすみちゃん、助かるといいな。」
ぼそぼそと話す男たちの会話を、聞くともなしに聞いていた。
噂になるくらいだから、よほど何かあるのだろう。
騒ぎが一段落した頃、俺はもう一度病室から出た。
なぜか。
見知らぬ土地の病院は。
ふと懐かしい香りがした。
香水を付けるのを好まなかった柚月の、甘やかな香りのような。
俺は今でも、彼女に恋をしているのだと思う。
燃え盛るのではない、むしろ消えることなく淡く灯り続ける光のような、確かな恋を―。