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「はるのかぜ」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「はるのかぜ」-5

「わたくしを・・どうかわたくしのことを忘れないで下さいまし・・・」



 それが、俺が最後に聞いた緋桜里の言葉だったのだ。

 そんな記憶を最後に、俺は突然強い光に包まれ、なにもかもわからなくなった。



・・・・・・





「本当にこれでよかったのか?」

「ええ。これでよかったんです」



 春の日差しがゆるゆると差し込む濡れ縁に、洋装の男と、着物姿の美しい女が並んで座っていた。洋装の男―悪魔と、颯真の亡き妻・緋桜里である。二人の視線の先には庭で遊ぶ一人の子供と、いきいきとした颯真の姿があった。そしてその背後には、楚々と女がひとりたたずみ、微笑んでいる。それは颯真の新しい妻であるらしかった。何処から見てもその様は、幸せな家族のひとときであった。

もちろん颯真とその妻、子供には濡れ縁の二人の姿は見えていない。



「病床で、わたくしは死ぬのが怖かった。颯真さまと逢えなくなってしまうことが怖かったのです。だからつい、あんなことを言ってしまって・・・でもそれは違った。わたくしは間違うていたのです」



「仕方がねえや、こればっかりは・・・。誰もお前さんを責められやしねえよ」



 悪魔はちょろちょろと動き回る子供を目で追いながら呟いた。



「颯真はもうお前さんのこと、ひとつも覚えちゃいないぜ」

 

 悪魔の言葉に、緋桜里は伏し目がちにうつむいた。

 桜の花びらがひとひら、はらはらと落ちてきた。それを追って子供は、はしゃぎながらくるくると回っている。



「わたくしの選択を愚かだとお思いですか?」



「いいや。いっそうらやまいしいよ」





一陣の強い風が吹き、たくさんの花びらを散らした。ふと気配を感じて颯真は振り返ったが、濡れ縁にはもう、誰の姿もなかった。


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