「はるのかぜ」-3
「まだ、お前は目が覚めてないようだ。ほら、そこの仏壇にある位牌は誰のだ?おっとさんとおっかさんと、その隣・・・俗名 緋桜里。これでわかったか?」
そうか、緋桜里は・・・
緋桜里はもう死んだのか。
「死んだのか・・・流行病で去年・・・」
「だぁからそうだって言ってんだろ。仕方がねえやなぁ。女、十九は孕むか死ぬかなんて言うけど、おまえさんも気の毒にな・・・」
男は先ほどとは打って変わって、神妙な面持ちでそう言った。この男の表情には何か不思議なものがある。気味の悪い顔立ちのくせに何故か人を引きつけてやまない。
「そうか・・・」
「わかったか? わかったならいい加減に目を覚ませ、しっかりしろ」
男は投げ捨てるように言った。
「緋桜里に・・言われて来たのか?」
もしや、と思い、俺はそう問うた。
緋桜里の幻。
悪魔と名乗る妙な男。
俺はもう既に正気ではないのかもしれない。
男は少し間を置いて、考える素振りをした後、ふっと鼻で笑って言った。
「それは・・・お前の想像に任せる。まあ俺は悪魔だからそういうこともあるかもしれん」
「緋桜里に、緋桜里に会ったのか?」
俺は思わず男の襟首をつかんだ。
―が、その瞬間―、悪魔と名乗る男に触れた瞬間に、ひどい頭痛が俺を襲い、くらくらと地面にへたり込んでしまった。
「幸せにな、颯真」
男の低く冷たい、少し悲しげな声だけが妙に頭に響いているのを感じながら、俺は強い眠気を催し、ぬるりと暗闇へ落ちていった。
・・・・・・
長い長い夢を見ているようだった。
緋桜里は・・・? ああ、あれは三月ほど前から、病床に臥せっているのだ。